第130話、暗殺者ギルドとザンドー


 予想はしていたが、ブルト隊長の死亡は、残っている近衛騎士たちの心を砕いた。


 アーリィーは自分が王子であるにも関わらず、一介の騎士のために大泣きしていた。近衛騎士たちの消沈も凄まじく、すすり泣く者が相次いだ。


 部下からの信望も厚かったのだろう。悲しみに暮れる者たちの姿がその証拠である。……今すぐ戦えと言われても戦力になるか疑わしい状態だ。


「馬鹿者!」


 オリビア副隊長が、そんな近衛騎士たちを叱った。


「我々はどんな時でも、アーリィー殿下をお守りする剣であり盾だ! 今、この瞬間にも敵が襲ってきても対応できるようにするのが近衛隊だぞ!」


 その言葉に、騎士たちは背筋を伸ばした。もっともなこととは言え、上官の死を悲しんではいけないのか――といった反発の表情はなかった。


 叱ったオリビアもまた、目から涙をこぼしていたからだ。


「ブルト隊長は最後まで近衛騎士であった。我々が守るべき王子殿下のお涙を頂けたのだ。近衛騎士として最大の誉れである」


 剣を抜き、敬礼するオリビア。近衛騎士たちの背を見やり、俺はそっとその場を離れた。


 俺は近衛ではないからな。彼らには彼らの流儀もあるだろう。


 領主屋敷の地下へ向かう。倉庫などがある一角の逆方向へ行くと、囚人を閉じ込める牢屋がある。


 鉄格子の向こうには、椅子に縛り付けられたザンドー。こっち側にはシェイプシフター兵がいて、見張り兵の詰め所に暗黒騎士姿のベルさんと、殺し屋サヴァルがいた。


「どんな様子だい?」

「ザンドーか? 相変わらず寝てるよ」


 ベルさんが椅子から立ち上がった。


「蹴り起こすか?」

「いや、そのまま寝かせておいてやれ。そのうち殺気立った近衛にリンチされるだろうから」


 無傷の状態で引き渡そう。ブルト隊長の仇とばかりに、怒れる近衛騎士たちのはけ口は必要だろう。


「いいのかい? 情報を引き出す前に死んじまったら困るだろ」


 同情心の欠片もない口調でベルさんは言った。


「誰が尋問するかは知らんが、近衛騎士たちにも王子暗殺の黒幕がいることを強調すれば、それを吐くまで殺すことはないだろう」

「そりゃ、すぐには殺してもらえないだろうな。怖い怖い」


 言葉とは裏腹にベルさんの声は軽かった。俺は視線を転じた。


「サヴァル。大丈夫か?」

「ええ、旦那。なんで拘束もされずにいるのか不思議でならないですが」


 手を広げるサヴァル。俺たちは彼に一切の拘束はしなかったし、牢屋にぶち込むこともしなかった。覚悟はしていただろうサヴァルは、拍子抜けしているのだろう。


 ベルさんがサヴァルに顔を近づけた。


「お前さんは、すぐに殺せるようになってるからな。拘束は必要ないのさ」

「抵抗しません」


 お手上げとばかりに、サヴァルは返した。それでいい。俺は向かいの席に座る。


「ところで、あんたはどういう経緯でザンドーに雇われたんだ?」

「旦那は裏世界にも詳しんだろう?」

「どうかな。この国には来て、まだ日が浅いんだ」

「なるほど。……じゃあこれは知っているかい? 暗殺者ギルドって存在は?」

「名前は違えど、大体の国にはあるな。もちろん非合法だが」


 貴族や金持ちが、殺したい人間を処分するのに利用する組織。非合法ではあるが、冒険者と冒険者ギルドの関係みたいなものと思えばいい。


「そこで、上級暗殺者を指名した特別な依頼がきた。とある大物を暗殺してほしいってやつだ。よくある話だ。もちろん、誰を殺すかこの時点では明かされていなかった」

「でも、受けたんだろう?」


 ベルさんが言えば、サヴァルは肩をすくめた。


「ああ、報酬額が破格だったからな。この手の大物暗殺の相場の約3倍……。それで標的が明かされないなんて、こりゃ侯爵とか暗殺するのかって思ったさ。相当ヤバい依頼だって察して、断った奴もいたかもしれないな」


 胡散臭いものを感じたら、内容を知る前に引くということもある。知ってからでは口封じされるかもしれないからな。


「だが、あんたは受けた」

「装備のためだ。魔法具系は金が掛かる」


 サヴァルは、そこで真顔になった。


「ただ、今回はギルドのほうでも、どこからの依頼か把握していないようだった」

「そんなことがあるのか?」


 依頼主が信用できない場合もある。暗殺者やそれを使うギルドでも、裏切りや罠を警戒して調べるものだろう。暗殺なんて公にできないことなら特に。


「あまりないが、例外はあるものさ。おそらくギルドが口止め、詮索しない条件で、直接金をもらったんだろう。それも大金」

「依頼主は相当なお金持ちだろうな」


 直接金を前払いしてもらえたのなら、罠や裏切りの線は薄くなる。札束で殴られたってことか。


「そうなると……ますます、ザンドーの後ろに誰かいるんだろうな」

「旦那の推察通りさ。暗殺ギルドを黙らせる金を、あの子爵殿に払えるとは思えない」


 サヴァルは腕を組んだ。


「オレたち暗殺者は、ザンドーの指示に従い、現地で標的を教えてもらうことになっていた。オレが王子様がその標的を聞いたのは、このフメリアの町に着いた時だった」

「なるほどね」


 きちんとアーリィーの生存を確認してから標的を明かしたわけだ。ザンドーもしっかりしていたということだ。


 一応、サヴァルのいう暗殺者ギルドにも探りを入れておくか? 彼の言い分が本当であるなら、ギルドのほうでも依頼者の背景は知らないってことになるだろうが。


 何故それをサヴァルが知っているのか、という疑問があるが、依頼の話を持ってきたギルド職員と懇意にしていて知ったかもしれない。


 まあ、取りあえず、ザンドーを介してアーリィー暗殺を依頼した奴は、相当な金持ちなのは間違いない。確証はないが、権力者の線が濃厚だ。


 少なくとも、大帝国ではないな……。ラールナッハら特殊部隊を送り込み、ついさっきザンドーと組んだ。予め知っていたとか、雇い主の関係ではない。


「ちなみに、成功報酬はどうもらう手筈だったんだ?」

「王都に戻って、ザンドーが支払うことになっていた。あいつが用意しているのか、はたまた後ろにいる奴が用意しているかまでは知らないが」


 サヴァルはため息をついた。


「まあ、肝心のザンドーがあの有様だからな。仮に王子様を暗殺していたとしても、金は受け取れそうにない」

「だろうな」


 王都か。さすがにここまで持ち歩いているわけはないか。……あれば没収してやったものを。


あるじ

『聞こえた。何だ、ディーシー?』


 念話で応じる。


『ラールナッハの件だが、それに関係しているかもしれない報告をひとつ。ルーガナ領に、飛空船――いや軍艦サイズの船が1隻出現、侵入してきた』

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