第129話、ジンとラールナッハ


 ザンドーが倒された。


 それをやった魔術師――そいつがラールナッハって奴だろう。ディーシーとシェイプシフターの盗み聞きで名前はわかってんだ。


 俺は、奴の背後、3メートルといったところにいた。


 連中がアーリィーたちに化けたシェイプシフター兵に拘束魔法を掛けてほくそ笑んでいる間に、回り込んだ。


「アーリィーはここにはいないよ」


 俺はサンダーソードに光の刃をまとわせた。稲妻が弾ける。


「大帝国からこんな田舎にご苦労なことだな、魔術師。……ラールナッハ殿?」

「ほう、私のことを知っているのか」


 ラールナッハは背筋を伸ばした。


「私も貴様を知っているぞ」


 ほほう、俺のことを知ってるとな?


「ジン・トキトモ。アーリィー王子に仕える魔術師であろう」


 ふぅ、アミウールのほうじゃなくてホッとしたぜ。大帝国の魔術師だから、知っていると言われてそっちかと思った。……顔を変えないと、そのうち顔見知りとバッタリかも。


「お互い知っているなら、挨拶は不要だな。降伏しろ。お前たちの企みは失敗した」


 アーリィーは無事だ。お前たちが誘拐することはできん。


「……確かに、ここには王子はいないようだ」


 ラールナッハは不敵な笑みを浮かべた。


「どういう手を使って、こちらの罠を見抜いたかは知らぬが、こちらの手が尽きたなどとは思わんことだ」

「まだ手があるとでも言いたいようだな?」

「如何にも。我が手勢が、この町に爆発物を仕掛けた」


 大帝国の魔術師は余裕たっぷりだった。


「取引と行こうか、ジン・トキトモ。私を見逃すなら、爆弾の在処を教えてやろう」

「残念なお知らせだがな、ラールナッハ」


 俺は笑みを返す。


「言っただろう? お前たちの企みは失敗した、と。お前の部下が仕掛けた爆発物とやらは、こっちですでに回収させてもらった」


 ディーシーとスフェラ、シェイプシフター兵が、全部見ていたんだよね。


「この町からの脱出用の仕掛けと人員も、こっちで始末した」


 ベルさんやオリビアらがここにいないのはそういう理由だ。


「つまり、ラールナッハよ。退路もない。お前の選択肢は二つだ。死ぬか、降伏するか、だ」

「なるほど……。やはり、この町で油断ならない人間というのは貴様だったか、ジン・トキトモ」


 ラールナッハはすっと、右手を前に突き出した。


「魔人機やワイバーン・ネストを叩いたのは貴様で間違いないな?」

「聞き覚えのある単語ばかりだな。うちの連中で潰したやつばかりだが」


 俺はサンダーソードの切っ先を、大帝国の魔術師に向けた。


「最初で最後だ。どうする?」

「第三の選択肢を選ばせてもらう。つまり――」


 ラールナッハの右手が光った。ライトニングの魔法! 無詠唱で!


 しかし電撃弾は俺のサンダーソードで弾き、無効化!


 二発、三発とラールナッハはライトニングを放ったが、俺はそれを剣で捌き、距離を詰める。


 だがラールナッハは瞬時に後退、通路の先へと逃げる。待てやこら!


 電撃弾を打ち返してやる。跳ね返ったライトニングをラールナッハは躱すと、流れ弾が窓を破壊した。そのまま、ラールナッハは突き破る勢いで窓に飛び込み、屋敷の外へ。


「浮遊!」


 ラールナッハは大跳躍で、一番近い民家の屋根へ飛び移った。俺もエアブーツの加速に浮遊にジャンプで、追跡する。


 俺が大ジャンプで追ってくるのを見て、ラールナッハはさらに別の民家の屋根へと飛んだ。


 第三の選択ってのは、逃げることかよ。こっちも何か魔法を撃ち込んで叩き落としたいところだが、屋根を壊すようなこととか、流れ弾で被害が出るようなことは避けたい。


 フメリアの町の外側へと魔法で跳躍するラールナッハ。そのまま外壁を飛び越えようっていうのか。それはいいけど、俺を振り切るのは普通の手じゃ難しいぜ?


 と、あと2回ほどで外壁というところでラールナッハは止まった。チラ、と俺に振り返り、魔術師は笑う。


「では、ご機嫌よう、ジン・トキトモ」


 懐から取り出したのは石――


「転移石!」


 その瞬間、ラールナッハが転移した。


 へえ、ちゃんと緊急脱出用の魔法具を持ってやがったか。俺は民家の屋根に着地する。


 転移石とは、瞬間移動する魔法の石だ。さほど長距離を移動できるわけではないが、今回のような非常時の逃走用などに用いられる。ただし、消耗品で、連続跳躍は不可能だ。


 さすがは潜入特殊部隊ってところか。


 どこへ転移したかは知らないが、ディーシーの索敵圏外だろうことは想像できる。俺は魔力念話で呼び掛ける。


「ディーシー、ラールナッハが転移石で逃げた」

『モニターしていたよ。唐突に消えたから、主が仕留めたかと思った』

「残念、逃げられた。スフェラに例の仕掛けはさせてあるか?」

『奴のブーツにシェイプシフターが張り付いている。直にどこへ飛んだか判明する』


 万が一、逃げられた時のために、ザンドーと話し込んでいるラールナッハや、彼の仲間たちに欠片のような大きさのシェイプシフターを発信器よろしく取り付けていたのだ。

 ぶっちゃけその場でやらせてもよかったが、しくじった場合がね……。


 俺たちも側にいない時だったから、気づかれて逃げられたらフォローもできない。だから追跡できるようにした上で、俺たちが来てから行動したわけだ。


 全員確保できない場合は、わざと一人か二人逃がして、連中のアジトを突き止めるつもりだったから、結果的に保険が有効に働いた。


 さあ、逃げろ、逃げろ。お前らのアジトまで。


 結果がわかるのは、まだ少し時間が掛かるだろうから、ひとまず領主屋敷に戻ろう。アーリィーたちと合流して……。


 そこでふと、陰鬱な気持ちになる。ブルト隊長がいないってさ。


 ディーシーの報告で、ザンドー逮捕に動いた隊長と残っていた騎士たちは、ラールナッハと部下たちに殺害された。


 今頃、その遺体も回収されているだろうが……うん。


 俺にとっては、一緒にいた期間は短かったけど、信じられる人だった。俺より付き合いの長いアーリィーや、オリビアたちにとってはショックも大きいだろうな……。

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