第128話、虎穴
森からハッシュ砦に戻り、そこからフメリアの町に戻る。
門番たちは、領主屋敷で起きていることをまるで知らず、いつも通りだった。俺たちも敢えて言わなかった。
「ここは変わらないね……」
寂しそうにアーリィーは呟いた。町は日常の中にあって、冒険者や住民たちが行き交っている。
『殿下ー!』
若い町娘が王子に気づき手を振る。アーリィーもそれに応えるが、心なしか元気がないのがわかる。
領主屋敷の前の門には兵が2名立っていて、敬礼した。見知った顔。敵がすり替わった形跡はなし。
「何か変化は?」
「ありません! あ、いえ、屋敷に冒険者の一団がいます」
「冒険者?」
「はい、ザンドー隊長と一緒でした」
ラールナッハとその一味だろう。
「他には?」
「近衛のブルト隊長以下、騎士たちが外出されました」
「まだお戻りになっておりません」
もう一人が答えた。……うん、その近衛騎士たちは、二度とこの屋敷に帰ってこないよ。
「ありがとう」
アーリィーと俺たちは門を抜け、屋敷前へと移動する。オリビアが顔をしかめた。
「怪しい冒険者たちのチェックくらいしなかったのか!」
「ザンドーが必要ないって言ったんだろ」
適当に言っておく。
「上司が問題ないって言ったらやらんだろう」
職務に忠実な部下なら、特に理由もなく上司の命令は無視できないさ。仮に、身体検査を強硬したら、あの番兵たち殺されていたかもな。
「それにオレたちだって、ノーチェックで通されたぜ?」
ベルさんが皮肉った。
屋敷に近づくと扉が開いて、兵士が一人出てきた。すぐにこちらに対して敬礼をした。
先頭を行く俺は軽く答礼する。
「ご苦労」
お帰りなさい――と、道を開ける兵士。
「見ない顔だな」
「はっ、先日、着任――」
言いかけた兵士に魔力をまとわせた必殺のボディーブロー。意識を失い兵士は倒れた。
「……わかってんだよ。こっちは」
俺は首を傾ける。
「お前の大帝国訛りは酷すぎる」
・ ・ ・
王子一行がやってくる。ラールナッハとザンドーは、屋敷の入り口を見下ろす二階にいた。
彼らが入ってきたところで、拘束魔法でまとめて全員の動きを封じる。周りに待機している工作兵が護衛を始末。王子を確保。ラールナッハは、隣にいるザンドーを気絶させる――という手順である。
ラールナッハは王子を誘拐したい派で、ザンドーは王子殺害派。意見の相違だから仕方がない。
「……遅くないか?」
そのザンドーが苛立ったように言った。
「今、出迎えに出たお前の仲間、気づかれたのではないか?」
「退路を断つつもりで出したのだが……」
ラールナッハは考える。王子一行を包囲できるようにしたつもりだったが……。これなら裏手から回したほうがよかったか?
この時、ラールナッハもザンドーも、自分たちの待ち伏せが筒抜けであることに気づいていなかった。
特にザンドーは気づくべきだった。何故、王子たちが帰還する前に、ブルト隊長ら屋敷に待機していた近衛隊が、暗殺者の自白と自分の企みを知られていたかを。
シグナルリングは近衛幹部に渡されていたが、ジンはザンドーを信用していなかったから、その存在を知らせなかった。
故に、遠く離れた場所にいた王子と近衛隊長が連絡を取り合っていたことに気づかなかったのだ。その近衛隊長と連絡に取れなくなったら、どういうことかを理解できるはずもなかった。
「お……」
玄関入り口が開いた。王子とその護衛たちが入ってきた。
ラールナッハはすぐに呪文の詠唱に掛かった。
「戒めの雷撃よ、かの者たちの力を封じよ! サンダーバインド!」
電撃の魔法が走り、それは入ってきた8人をまとめて感電させた。電撃による麻痺。それを利用した拘束魔法である。
潜んでいたラールナッハの部下が、すぐに動けなくなった一団を取り囲む。
「殺せ」
ラールナッハが低く命じる。魔術師を、暗黒騎士を近衛騎士を部下たちが手にした剣で刺し殺していく。
ザンドーが歯を覗かせた。
「いいぞ、後は王子を始末して――」
「その件なのだがな、ザンドー」
ラールナッハは魔法杖をザンドーに向けた。ビクリとするヴェリラルド王国の騎士。
「おっと、武器に触れるな。死にたくなければな」
「何のつもりだ、ラールナッハ!?」
「予定は変更だ。王子の身柄は我々が預かる」
「なに!? 話が違う! 王子はここで――」
「それは貴様の都合。我々は最初から王子を誘拐すると言ったはずだが?」
「お前っ!」
「ご機嫌よう、ザンドー」
電撃が迸り、ザンドーを感電させる。
「殺しはしない。協力してくれた礼だ。貴様には王子が誘拐された件を報告する仕事をやろう。せいぜい自分の首が繋がるよう、よい言い訳を考えるのだな」
麻痺して動けないザンドーを無視し、改めて玄関を見下ろせば、部下たちが倒されていた。
「……!?」
気づけばそこに王子一行の姿はなく、黒い軽装備をまとった、この町の警備兵――シェイプシフター兵たちがいたのだ。
「王子は――!?」
「アーリィーはここにはいないよ」
背後から声を掛けられ、ラールナッハは振り返る。
そこにいたのは二十代半ばに見える魔術師――ジンだった。
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