第123話、殺し屋たち


 フォレストリザードの群れを蹴散らした俺は、大トカゲの死骸の中に、戦士の格好の男が同じく死んでいるのを見た。


「傭兵……グリンチって名前だったかな」


 ザンドーの雇った傭兵の顔は、ひと通り確認している。俺の氷柱の雨に巻き込まれたのだろうな。これで残す傭兵は2人。


 先行するアーリィーと近衛たち、そしてベルさんに追いつこう。エアブーツでダッシュ。風魔法の加速で一気に距離を詰める。


 おや……?


 近衛騎士たちの足が止まる。その正面に人影――ドルフという名の傭兵が立ち塞がっている。


 武器を抜き、今にも衝突しそうな雰囲気。ここは通さん、とか言っているんだろ。


 近衛騎士が2人、ドルフへと斬りかかった。しかし剣は空を切る。ドルフは身も軽く躱すと、近衛騎士の顔面に掌底を叩き込み、あっさりと二人を倒してしまう。


 格闘家スタイルか。


「貴様っ!」


 オリビア副隊長が、ドルフに挑みかかった。だがドルフは剣を見切り、ヒラリヒラリと回避する。


「やるな、お主」


 刹那、ドルフが踏み込み、蛇のようにオリビアの剣と盾の間に割り込むと甲冑に守られた腹部へと掌底の一撃を叩き込んだ。


「飛べ!」

「ぐあっ!」


 オリビアの体が後ろへと吹っ飛んだ。王子までの壁が開き、ドルフの視界に入る。

 だがそこへ暗黒騎士が飛び込んだ。


「お前の相手はオレ様だ」


 ベルさんのデスブリンガーが激しく風を凪ぐ。ドルフは大げさなくらい後ろへと跳んで距離を稼ごうとする。

 だが、ベルさんは逃がさない。


 俺も間もなく追いつく……というところで、変化に気づいた。魔力が動いた?


「近衛騎士! 右に敵がいる!」


 アーリィー王子を守る近衛騎士2人が慌てて反応する。しかし――


「遅い!」


 すっと黒い人影が突然現れた。何もない空間から飛び出すように。両手にダガーを持つ狩人帽の男――サヴァルだった。



  ・  ・  ・



 するりと、護衛の騎士たちの間を抜ける。その間にそれぞれを斬りつけ、怯ませると、サヴァルはアーリィーに迫った。


「もらった――!」


 サヴァルのダガーがアーリィー王子の首を一突き――することはなかった。頭ひとつ動かして王子は躱したのだ。


 少女のようにも見える王子の顔、そのヒスイ色の目と重なる。一瞬、サヴァルは戦慄した。


 命を狙われた者、死が目の前にぶら下がった人間特有の怯え。それがまったく見えなかったのだ。


 人形のようにまったく変化のない表情。強い違和感。かつて町で見かけた王子は、こんな無機的ではなかった。


 王子が動いた。鋭い拳がサヴァルの腹を狙い、しかしサヴァルはかろうじて防ぐ。


 ――まずい、呑まれたっ。


 殺し屋が標的を前に、あってはならない感情に囚われた。王子はいつの間にか持っていた短剣で、サヴァルに追い打ちをかける。


 金属同士が連続でぶつかり、何とか回避したサヴァルは後退。


「あんた……王子様じゃないな?」


 影武者か。あまりにザンドーから聞いていた情報と違いすぎる。


 だが、そこまでだった。


 例の魔術師、ジン・トキトモが駆けつけたのだ。



  ・  ・  ・



「まさか、影武者とはね……。まんまとおびき出されたわけだ」

「認めるか? 王子の暗殺を実行したことを」


 俺が問えば、傭兵――サヴァルという男は皮肉げに顔を歪めた。


「認める、認めないの問題じゃないと思うがね」

「現行犯だから、か? だがお察しの通り、そこにいるのは王子様ではないからね」


 身代わり、シェイプシフターの変身だ。


 暗殺の意図がある者を誘い出すための罠に、本物のアーリィーを使うわけがないだろう?


「どうせ金で雇われたのだろう。近衛に暴力を振るったのは感心しないが、暗殺を依頼した奴とその裏話をしてくれるなら、見逃してもいいぞ」

「ほう、それは意外な申し出だ」

「お互い仕事をしているだけだろう? アーリィーに……王子に個人的な恨みがあるなら別だが、そうでないなら交渉の余地があるぞ。……俺は近衛じゃないしな」

「なるほど、ね――」


 サヴァルが一歩を踏み込んだ。それは瞬きの間に俺の懐に飛び込む。――速いっ!


 とっさに身を引く。おかげでサヴァルの斬撃が空を斬った。俺の喉もと数センチのところを! あっぶねぇ!


 交渉決裂ってか?


 暗殺者サヴァルの連続攻撃。俺は腕に魔力をまとわせ、相手のダガーをギリギリのところを弾いていく。小気味よい衝突音が矢継ぎ早に響く。さすがに殺し屋、やるなぁ。


 一旦仕切り直し! 俺はサヴァルの攻撃を弾いたタイミングで距離をとる。と、そのサヴァルは俺に右手のダガーを放り投げてきた。迎撃――だが突然、そのダガーの軌道が変わり、肩透かしを食らう。


 しかし、逸れたダガーの影に隠れるように、殺し屋が左手に持っていたダガーが飛んできていた。


 思わず白羽どりできたのは、手に魔力を手のひらにまとっていたから。


「ほう、これも受けきるのか」


 サヴァルが感心したように言った。俺の両手が挟みこんだダガー、その柄の先に細いワイヤーのようなものが伸びていて、サヴァルの手に繋がっていた。さっきダガーの軌道が変わったのもワイヤーを引っ張って無理やり進路を変えたのだろう。


「だが……!」


 ワイヤーを電撃が走った。バチッ、と俺の両手がダガーから弾かれる。……弾かれただけで済んだのは、しつこいが魔力を手のひらに展開していたために威力を軽減させたためだ。


 サヴァルが加速する。電撃で痺れているだろう隙を狙ったのだろうが、ところがどっこい痺れてないんだよなぁ!


 俺は右手の魔力を衝撃波に変えて打ち出す。真正面から突っ込んでくる殺し屋を壁に激突した虫のように潰してやる。


 見えない一撃のはずだった。だが衝撃波を叩きつけた瞬間、サヴァルの姿がブレた。宙を切った衝撃波。


「ミラージュ・オンブル」


 蜃気楼の影。幻影魔法――サヴァルは俺の眼前から姿を消した。

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