第122話、サヴァル・ティファルガ


 王子が狙われた。少なくともその可能性がある。


 そうとなれば行事や予定がキャンセルになるのは至極当然の流れだった。


 俺としても『ザンドーが怪しい』と近衛たちに印象づけられればいいわけで、奴が雇った傭兵全員を相手にする必要はない。


 俺たちは元来た道を引き返したが、残念ながら雇われた暗殺者というのは、そうそう諦めがよい連中ではなかった。


「複数、魔獣がこっちへ来る!」


 ベルさんの魔力サーチによる警告。木を避け、茂みをかき分けて出てきたのはフォレストリザードの群れ。


 単独と集団とでは迫力に雲泥の差がある。森の入り口に比較的近いこともあってか、近場にいた冒険者が避難するのが遠くに見えた。


 やれやれ。巻き込まれたのはあっちか、それともこっちか。


 何にせよ、トカゲが群れで押し寄せてくるなんて事態が、ますますもって珍しい。


「普通のフォレストリザードじゃないな。こりゃ何者かにけしかけられてるな」


 ベルさんがそう評した。


「魔獣使いでもいたか?」

「傭兵の中にひとりいたぞ」


 フメリアの町の守備に雇われた傭兵だ。一応、近衛隊でリストが作られたが、たぶん半分以上は偽称だろうなと俺は思っている。例えば名前とかさ。


「さっきの襲撃者たちを見るに、こいつらは――」

「ああ、王子様ご一行をまとめて轢き殺そうって魂胆だろうな」


 フォレストリザードは全長3メートルほどの大トカゲだ。それの群れが迫れば、まあ酷いことになるのは想像に難くない。


 オリビアがアーリィーを促した。


「移動しましょう! ここは危険です!」

「道なりに進め!」


 俺は命じた。


「連中の進行方向に逃げるな。このまま横切るように行け!」


 アーリィーと近衛騎士たちが走る。俺とベルさんもその後ろにつく。


「ベルさん、他に森に潜んでいる連中はいるか?」

「……周りに5人だな。近くにいた冒険者だろうが……。トカゲどもの後ろからついてきているのが魔獣使いだ。他は高みの見物のようだ」


 トカゲで潰れればよし、逃れれば残りの2人が仕掛けてくる、といったところだろう。


 まずは、フォレストリザードを何とかしよう。


「アイススパイクからの……アイシクルレイン!」


 俺は無数の氷柱を生成、それをマシンガンの如く連続で撃ち出した。1メートルを超える巨大な氷のトゲは、迫り来るトカゲたちに突き刺さり、その頭を潰し、胴を貫いて足を止めた。


 近くの木を巻き込み、地面を抉ったがこれは仕方がない。フォレストリザードは血を吹き、潰れて骸となっていく。



  ・  ・  ・



 フォレストリザードの群れが魔法によって蹂躙された。


「あの魔術師……」


 森に潜み、様子を窺っていたサヴァル・ティファルガは呟いた。


 ジン・トキトモ。アーリィー王子の魔術顧問を務めているという若き魔術師。


 ――噂になっているだけのことはあるな。


 サヴァルは傭兵としてザンドーに雇われてここにいる。しかしそれは表の顔。裏では殺し屋を生業としていた。


 黒の狩人帽、黒のレザーバトルスーツにマント。全身黒のコーディネートは、夜間行動やこの手の薄暗い森の中ではまあまあの潜伏効果を発揮する。


 もっとも、彼の潜伏のメインは黒の衣装ではなく、魔法具でもあるマントによるところが大きいのだが。


「さて、どうしたものか」


 サヴァルに与えられた仕事は、アーリィー王子の暗殺。


 この国――ヴェリラルド王国の次の国王候補とされている男の処分だ。王国の騎士からの依頼というのは何ともきな臭いものだが、その辺りは詮索しないのがサヴァルの流儀だった。

 内容に見合う報酬さえ貰えるのであれば、誰だろうと始末する。


 その点、今回の王子暗殺は、破格の報酬が約束されている。普段から装備にお金を使っているサヴァルにとって、その値はとても魅力的であった。


 一大事件。犯人としてバレれば、この国には一生居られないほどの大罪だ。だから正体がバレないように、王子とその周りにいる者たちも全て殺さねばならない。


 ――あのジンという魔術師に、暗黒騎士。正直、厄介なんだが。


 同じく王子暗殺を請け負った傭兵たちは、それぞれのやり方で仕事を遂行した。先に仕掛けた2人は、おそらく返り討ちにあっただろう。


 今、魔獣使いと言われる傭兵が、フォレストリザードの群れを差し向けたが、ジンの魔法によって壊滅させられた。


 隙をついて奇襲するはずが、こうもあっさり片付けられてしまえば難しくなるもので。


「残っているのは、ドルフだけか……」


 サヴァルは茂みの裏側から身を隠しつつ移動する。先に逃げた王子と近衛たちを見失ってしまうからだ。


「成功報酬は魅力だが、果たしてやれるか、この任務」


  選択肢は2つ。


 一、思いのほか敵が手強いので、任務を放棄し逃亡する。

 二、任務を継続する。


 先に失敗した連中の身元が暴かれれば、何もしなくてもサヴァルにも捜査の手が伸びる。そこで暗殺者と知られれば、たとえ何もしていなくても王子暗殺に関わったと見なされ追われることになるだろう。


 国外に逃れるか、目撃者を出さず、このまま敵を殲滅するか……?


「いや、もうひとつあるか」


 どうせ身元がバレて追われるのが確定しているのであれば、全滅は無理でも王子だけ始末してもよいのではないか?


 ここで逃亡すれば、暗殺者としてのサヴァルは任務を放棄したと見なされるが、王子を討てばせめて依頼は果たしたという記録は残る。王子殺しは裏稼業からすればこれ以上ない評判になる。


「どうせ逃げるのなら、仕事はしていきましょうってね」


 それがプロフェッショナルというものだ。


 サヴァルはマントを掴む。クローキングマント――姿を隠し、魔力によるサーチも吸い込むという潜伏に特化した装備だ。


 こういう魔法具を揃えるから、いつも金が必要なのだが、それで仕事を不足なくこなせるなら問題ない。サヴァルはそういう人間だった。

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