第124話、殺し屋と交渉を


 姿を消したサヴァル。俺に迫っていた瞬間の出来事であり、普通に考えれば見えない攻撃を繰り出す前という危険状態。


 防御魔法発動! 目で相手を探したくなる衝動を抑えて、まずは防御。

 直後、ガチンと魔法の壁が攻撃を弾いた。


「ほらみろ!」


 魔力サーチ、そして魔力を見る目で、襲撃者の姿を探す。しかしサーチも魔力眼にも影も形もない。


 逃げた? いや、そんなに速く逃げられるものか!


 ストレージ展開。ウェポンラック――遠隔魔法を付与、射出。


 俺の周りの空間から魔法の杖とショートソードを複数展開。意思を持っているように、それぞれが浮遊し、俺の周りを固める。ロッドは頭上に、片手剣は周りに。


「チッ――!」


 サヴァルの舌打ちが聞こえた。飛び込もうとした先に武器が浮遊したせいだろう。


 俺は再度、魔力眼を使用する。視界の中に魔力を含んだ、あるいは覆われた物体などが浮かび上がる。だが、やはり襲撃者の姿は見えない。この間にも、俺に悟られずに仕留めようと、サヴァルは足音すら殺してゆっくり移動しているのだろう。


 透明化の魔法の類いだろうが、見えないだけで、そこにそれは存在しているはずだ。


 視覚範囲の魔力の色を調整。つまり、本来は見えないほど薄めの大気中の魔力を鮮明に見えるようにする。


 視界がいっきに青に色づいた。違和感が増して、気持ち悪くなりそうな光景だ。だがそれで見えなかった魔力の流れが可視化できるようになった。


 ……不自然に魔力が分かれていく場所がある。相変わらず襲撃者は見えない。だが、魔力を搔き分けているそれはこちらへと近づいている。


「ほら、そこだ!」


 俺の土壁の魔法を使う。透明化している襲撃者の前に、高さ二メートルほどの岩の壁がせりあがる。とっさに後退したらしく、後ろの魔力が分かれた。


「ソニックブラスト!」


 衝撃波の魔法を、岩壁にぶち込む。叩きつけられた風の一撃は、岩壁に直撃、それを破砕した。飛び散る無数の岩の欠片が、散弾よろしく襲撃者に襲いかかる!


「ぬっ……!?」

「こいつはおまけだ!」


 浮遊するロッドが、炎弾、電撃弾を襲撃者めがけて放った。慌てて逃げる敵だが、炎弾がかすめ、その身を隠していたと思しきマントが燃え上げさせた。


 肉眼でもサヴァルの姿が露わになる。どうやらマントが透明化の魔法具だったようだな。


「くそっ、やるじゃないか、魔術師が……。だが!」


 襲撃者が何かを地面に叩きつけ、直後、ドス黒い煙が上がった。


「煙幕……!」


 だが残念。魔力で見ているから、サーモグラフィーに映るようにお前の姿はハッキリ見えてるんだよ! 浮かべていたショートソードを突撃させる。1本がサヴァルの足を貫き、1本が腕をすれ違い様に切った。さらに1本が暗殺者の右肩に刺さり、1本が左脚を切る。


 ドサリと倒れるサヴァル。もはや体勢を保てなかったのだ。


 煙が晴れると、こちらに向き直り、しかし立つこともままならない殺し屋と俺は向き合う格好となった。


「いやはや、参った。好きにしてくれ。オレの負けだ」


 サヴァルは肩をすくめ、手に何も持っていないと見せてきた。見たところ丸腰だが、この手の殺し屋ってのは自殺の手段やあるいは自爆で巻き添えを狙う手とか隠し持っていたりするんだよな。


「案外諦めがいいんだな」

「あんたと死なば諸共、ってやっても何のメリットもないからな。せめて暗殺対象が近くにいれば、それも手ではあるが、ここにはいない」


 標的を道連れにできれば暗殺者の面目躍如。しかし護衛と相打ちでは歴史に名を残せないってか?


 ……実は、いるんだけどね。お姫様は。


 アーリィーは、シェイプシフター兵の格好をして、実は俺たちと一緒にいたんだ。3人のシェイプシフター兵のうち、ちょっと背が低いのが彼女だ。……いや、狙われているから、俺の目の届くところに置いておきたくてね。


 戦闘となった時から、シェイプシフター兵は戦闘に加わらず距離を置いていた。アーリィーがいたからね。参加させなかったのよ。


 閑話休題。


 俺は視線を、ベルさんの方へ向ける。近衛騎士たちがいて、刺客であるドルフは……あー、ベルさんが殺してしまったようだ。


 まあ、ベルさんは加減はしないわな。これで5人いた傭兵という名の刺客は、サヴァルで最後ということだ。


「……なあ、魔術師。トドメを刺すなら早くしてくれないか? 結構、痛いんだが」


 サヴァルの体にショートソードが2本刺さっていて、他にも切り傷ある。


「元気そうに見える」

「痩せ我慢ってやつさ。この手の稼業は……いや、オレのポリシーさ。みっともなく痛みにのたうつ最期だけはかっこ悪いってね」

「そうか。……ちなみにさっきの交渉はまだ続いているんだが、お前を雇った奴の話をしてくれれば、見逃してやる」

「……!? いやはや、マジか。これは正気を疑うね」


 サヴァルは驚き、苦笑した。


「オレは交渉の申し出を蹴った。そうは思わないのか」

「俺に勝てると踏んだんだろう? 結果は及ばず、それがわかっただろう。で、改めて交渉しようって言うんだ」


 俺は、遠巻きにこちらを見守っているシェイプシフター兵たちを手招きした。3人はライトニングバレットを手にこちらへやってくる。


 サヴァルに俺は言った。


「選ばせてやる。あの中に、本物の王子がいる。こちらの話に乗るか、あるいは自殺するかだ。好きに選べ」


 シェイプシフター兵、その中でアーリィーに兜を取るように俺は合図する。兜を外し、王子の顔が露わになると、サヴァルは目を見開いた。


「いいのかい? オレの前に王子を連れてきて。……最後のあがきで、殺害してしまうかもしれないぜ?」

「話に乗るか、死ぬかだ。さっさと決めろ」

「……フン、あの王子も偽者か」

「俺は本物と言った」

「ジン」


 アーリィーがやってきた。


「終わった?」

「彼次第だな」

「……」

「そう……。降伏したなら、手当してあげないといけないよね」


 え? これはちょっと予想外。俺、ちょっと面食らった。


「アーリィー、こいつら君を暗殺しようとしていたんけど?」

「そうなんだけどね……」


 当の王子様を演じる彼女は自身の金髪をいじった。


「ジンがいるなら、大丈夫っていうか。本当に危なかったら、もう殺しちゃっていると思うんだ」


 そりゃそうだ。君には複数の防御魔法具を持たせていて、サヴァルが襲ってこようが自爆しようが、やられることはないだろう。


 それでも攻撃してきたらその場で討ち取るけど。


「くく……」


 サヴァルが笑いを噛み殺している。何がおかしい?


「いや失礼。オレがどう行動するのが最善かと頭を働かせたのが馬鹿らしくなってな。何をどうしようと、王子殿下を殺せない。だから選択肢をもらえたわけだ」

「初めからそう言っている」


 アーリィーに手を出せば殺す。まだアーリィー本人には手を出していない。だから見逃してやってもいいと。


「わかった。好きにしろと言ったんだ。話すよ、オレを雇った奴の話。どうせ詰みだからな。ジタバタするのもかっこ悪い」


 サヴァルは降伏した。そして話をした。大金でザンドーに雇われ、王子を暗殺するように命じられたことを。


 うん、知ってた。


 だがそれを知らないオリビアら近衛騎士たちに、暗殺者の口から聞かせることが大事だったわけだ。

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