第116話、お姉さんの正体
「――で、つい、長居しちまったと」
ベルさんは呆れていた。王都に行き、そしてルーガナに帰ってきた俺に、黒猫姿の相棒は問うた。
「で、何時間向こうにいたと思ってるんだ?」
「……三時間くらい?」
冗談めかしたが、ベルさんは口もとを引きつらせる。
「三時間? おいおい、それなら今はお昼のはずだな。でもおかしいな。もう太陽がかなり傾いているようだが……? おかしいなー、もう夕方じゃないか」
ベルさんは、ひょいと俺の肩によじ登った。
「大丈夫か?」
「元気だよ」
「そいつは結構。で、魔力は回復できたか?」
「結構回復したかな。多分ふた晩睡眠とったくらいは」
彼女とお肌の触れ合いで回収させていただきました。タダではやられないよ。
「よかったか?」
「最高」
非常にすっきりした。
「とてもテクニシャンだったよ。ついでに、お汁ソムリエだった」
「ほほーん」
「うちの娼館の連中が、人間じゃないのがそこでバレた」
シェイプシフター娼婦と男娼。姿は人間だが、体液の違い――間違っても妊娠させたりしないようになっているのだが、そこで気づかれたとかいうね。いや、普通わかるものなのかそれ?
「ちょっと信じられないんだけどね」
「そうか? あのネーチャンは人間じゃねえからな。そりゃ気づくだろうよ」
「は? 人間じゃない?」
何それ、俺は初耳なんだけど。
「ベルさん、ひょっとして鑑定した?」
「まあ、初見時にだいたいやるからな」
ベルさんはまったく悪びれなかった。鑑定魔法を使い、大抵の正体を見抜くことができるのだ。さすが魔王様。
「で、エリサの正体は?」
「あのネーチャンはサキュバスだ」
「あー」
言われてしまうとそうかも、と納得できてしまった。あの美女っぷりを見れば、異議など出ようものか。
サキュバス。夢魔とも言われる、いわゆる悪魔である。その姿は美貌の女性で、男に近づき性的に誘惑する。対象の男の理想の女の姿で現れるので、取り憑かれると抗うことはほぼ不可能。性を吸い取り、軽度ならば大したことはないが、麻薬の如くドはまりすると、やがて男を死に追いやると言う。
なお、サキュバスは女性である。男の場合はインキュバスとなる。
「まあ、いい体していたもんなぁ。誘われたら男はホイホイついていってしまうだろうな」
「お前さんみたいにか?」
ベルさんがからかった。俺は苦笑する。
「確かに魅力的だけど、俺の理想とは違うような」
「そうだな。彼女は緑髪で、ちょっと艶やか過ぎる。お前さんの好みは金髪で、清楚っぽい雰囲気だもんな。例えばお姫様とかさ」
俺の女性遍歴をどうも。
「正確に言えば、エリサは純粋なサキュバスじゃねえな。ハーフサキュバスってところか。一応、サキュバスの特徴はあるが人間でもある」
「なるほどねぇ」
そこで俺は気づいた。
「ひょっとして、お汁ソムリエなのは、サキュバス故か?」
「だろうな。性のこもってない汁は味のしないスープみたいなもんだったんじゃね? 知らんけど」
俺も知らんけど、サキュバスに対する偏見からすると、もっともらしく聞こえる。……知らんけど。
「どう思う、ベルさん? 種族差別したいわけじゃないけど、放っておいて大丈夫かな?」
サキュバスだから、男を誘惑して殺したりとか。一応、悪魔族だから普通なら警戒するところだが。
「お前は何かされたのか?」
「ナニはしたけど、特に呪いとか魅了は掛けられなかったよ」
そういう状態異常系の術には掛からないようになってる。まあ、エリサは魔女って言われているけど、そういう魔法や術は使わなかった。
「なら、問題ないだろう。王都に住んでいるんだし、弁えて生活してんだろ。気になるなら、王都でサキュバスが関わってそうな変死の噂やそれ系の調査依頼がないか聞いてこいよ」
「そうしよう」
特に問題がないようなら、こちらからどうこうすることもしない。
「一時は、何で娼婦のことがバレたんだろうって思ったが、サキュバスだからって言うなら、改めて対策は必要ないか」
「超レアケースだもんな。人外でなけりゃバレないなら、そのまんまでもよかろうよ」
ベルさんが笑ったが、すぐに表情を引き締めた。
「後はネーチャンが、娼館が人間じゃないモノがいるってバラさなきゃいいがな」
「それはなさそうだけどね」
言われてみれば、店を脅迫する材料になるか? 人間ではないものが性的サービスを提供しているなんて露見すれば、周囲を巻き込む大問題。金銭目的に脅迫してくるなんてこともない話ではない。
いや――
「ないな。ベルさんのおかげで、彼女はサキュバスだってわかったんだ。もし脅されたら、お前の正体バラすぞって逆襲できるもん」
明かされて困る秘密を向こうも持っている。世間一般のイメージとして悪魔族が町に潜んでいるってわかれば即排除の対象だ。
そんな危ない橋を彼女も渡らないだろう。問題があるなら、その時に対処すればよかろう。
「さて、秘密基地に戻ったら、早速、新装備のテストしよう」
「えっと、どれだっけか?」
ベルさんが首を傾げた。
テラ・フィデリティアの技術を獲得したことで、色々なことを並行して進めている。今回俺が言ったのは――
「魔力式ジェットエンジンだよ」
大帝国製レシプロエンジン装備の航空機を作ってさほど時間が経っていないが、さらに上位のジェットエンジンを手に入れたので、早速やってみようということだ。
魔力ジェットエンジンの戦闘機が実用化すれば、ワイバーンを圧倒するスピードと運動性を確保できる!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます