第115話、魔女のお姉さんが誘惑してきた話


 カプリコーン浮遊島軍港……もう浮遊はしないんだが、それを俺たちが手に入れて1週間が経過した。


 施設の復旧には、プチ世界樹の魔力を用いつつ、ゆっくりと再生させる。艦艇の再生もぼちぼちやっていくが、施設復旧が先なのでまだしばらくは使えない。ただディアマンテ曰く、施設が復旧したら再生作業も早くなるだろうとのことだった。


 さて、フメリアの町ではあるが、魔人機を用いた襲撃を阻止して以降、平和な時間が経過していた。


 冒険者たちがボスケ大森林に狩りにいき、町の施設の利用も順調。まだ畑は稼働していないが、食材などは前領主の貯蔵分の開放と、魔力生成によって充分間に合っていた。


 領の兵隊用に作った娼館も好調……というか早々に拡張することになった。兵の利用者が想定より多かったこともあるが、どうやら冒険者も利用していたようで。


 男性向けに限らず女性でも利用できるよう男娼を置いたのが、思いの外ヒットしている。つまり、女性冒険者たちもそこそこ利用しているということだ。


 ……多くは語るまい。薄い本が厚くなるな。


 と冒険者たちの娼館利用の話を、冒険者ギルド・ルーガナ支部で聞いたわけだが、サブマスであるラスィアさんは、あまりその手のものにいい感情を抱いていないようだった。ダークエルフって性関係はエルフより寛容と聞いたことがあるが違うのかな? 単に個人差か。


 帰る前に掲示板を眺めていた俺は、唐突に背中からの女性のソフトタックルを食らった。


「お、に、い、さ、ん」


 誘うような声。この香り、背中に感じる豊かで柔らかな感触!


「おや、これは薬屋のおねーさん」

「エリサよ。覚えてくれてた、お兄さん?」


 王都にある薬屋『ディチーナ』の店主であるエリサ・ファンネージュさんだ。魔女の異名を持つ妖艶美女である。


「こんな所で会うとは奇遇だね。わざわざルーガナ領へ何しに?」

「一応、あたしも冒険者やっているからね。噂のボスケの森とやらに興味があったの」


 色っぽい魔女さんはそのたっぷりある胸を押し付けて腕を絡めてきた。わぁお、積極的。周りの男冒険者どもが魔女さんを厭らしい目で見ているぜ。


「なるほど。珍しい素材がないか探しにきたってところか」

「そのつもりだったんだけどね。もうひとつ、気になることがあって……」

「気になること?」

「娼館。……ここイケてる男娼がいるって、噂になってる」


 ちょっと想定していなかった。娼館に興味を持たれたとか、この妖艶魔女さんはそっち方面でもお盛んな人なのか。

 まあ、美人だし。


「王都にまで噂が轟いているとはね……」

「珍しいもの。そもそも娼館って男が利用するものよ」


 あたしが知る限りでは――と注意が入ったが、エリサは俺に顔を近づける。


「しかも男娼がいるなんて高級娼館。さらに言えば、利用しているのは男が男とするために使っているのよ」


 あー、何か聞いたことがあるわ。貴族が美形の少年集めてやったりとか、少年のほうも尻を使って役職を得たり、騎士に出世したりとか云々。……ただし美男子に限るってやつ。


「でもここだと、割とお手軽価格で寝られるっていうじゃない? 命のやりとりしている女冒険者には、男と同様気になっていた子もいたって話」


 それは君もかい? って聞いたらセクハラになるんだろうか。


「男と同じ仕事をしているんだもの。そりゃあ女だって興味だって持つでしょうよ」


 意外と一般的ではない穴場的な店ということか。……穴場。意味深。


「で、あたしもさっそく行ったんだけど――」

「ふうん」


 どうだった? って聞くのは失礼なのかな。あまり親しい関係にない人だから、この手の話題は気を遣うね。


「期待外れっていうか、ちょっとね」

「あれ? 気に入らなかった?」


 娼館を設置した当人ゆえ、その評価は気になるぞ。……それにしてもエリサは、いつまで俺に密着しているんだろうか?

 まるで親密デートしているみたいで、柔らかいお胸の弾力に下腹部あたりが熱くなってきた。


「こういうこと、言っていいかわからないけど――」

「あの娼館には俺も一枚噛んでる。不満があれば改善させよう」

「お兄さんって意外に顔が利く?」

「ここではね」

「じゃあ、言ってしまうけれど」


 ふっ、と俺の耳元に魔女さんが軽く息を吹きかけた。ゾクゾクっと背筋にきた。


「あそこの娼婦、男娼も人間じゃないでしょ……?」


 囁き声なのは、周囲を気にしてなのか。少なくとも、周りには彼女が俺に誘惑の言葉を掛けているように見えただろう。


「人間じゃない?」

「あら、気づいてなかった? それともあそこは利用していない? お兄さんって、ユニコーン並みの処女信仰者?」


 一角獣。あの角をもった白い馬の姿をした『魔獣』。ところによっては神聖な生物として信仰されているが処女厨である。美少女(処女)にしか懐かず、男と来れば角で突き刺し、非処女の女も殺す。筋金入りの処女厨だ。


「まさか。試してみるかい?」


 俺は振り返ると、正面からエリサと向かい合った。彼女はそのまま密着してきて、お胸の感触が正面に移る。


「あたし、アテが外れてムラムラしているのよね……」


 甘い言葉で囁かれると、俺もムズムズしてきた。ひょっとして魅了チャームの魔法をかけられているのかねぇ。


「場所を変えない? さすがに、ここでシたら色々とマズそう」


 完全に誘っているな。しかし、確かにギルドの受付嬢もドン引きしているし、冒険者どもの視線が痛くなってきた。そろそろラスィアさんあたりに怒られそう。


「そうだな。場所を変えよう」


 俺が応じると、エリサは俺から体を放し、しかし腕を絡めた。


「王都のあたしの店にする? それとも、あなたの家でもいいわよ?」

「君の家にしよう」


 俺ん家って秘密基地に案内するわけにもいかないしな。

 ポータルを使って王都へ。美女と腕を絡めて歩くのって、久方ぶりだ。


「失礼なことを言うけど、君って男と見ると構わず密着する人?」

「好みを言えば、若い人」


 熱っぽい視線をエリサが送ってきた。


「三十代は若いうちに入るかな?」

「ふふ……。誰でも、ってわけじゃないのよ。若々しくて魔力に溢れている人とは、そういうこともしたいのよ」

「君から見て、俺はその資質は充分?」

「ええ、味見したい」


 彼女は俺の首もとに顔を寄せる。一瞬首を舐められるのかと思ったら、すっと匂いを嗅ぐ音がした。


「清潔な人は特に」


 毎日、風呂に入っている甲斐があったね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る