第113話、テラ・フィデリティア


 大まかな機械文明の話の後は、俺たちが現代の話をディアマンテにする番だった。


 人間その他種族が生きていて、場所によっては領土紛争をしたりイデオロギーの対立をしていているという話。あと、ヴェリラルド王国とそれを取り巻く情勢。ディグラートル大帝国による大陸侵略の話など。


 ひと通りの説明を聞いた後、ディアマンテは静かに言った。


「テラ・フィデリティアも今や存在しません。私たち兵器は、アンバンサーや侵略者から人類を守護するのが存在理由。そう考えるなら、私たちはこのまま静かに眠っているべきなのかもしれませんね」

「……そうかもしれませんね」


 とは言ったものの、あわよくば、古代機械文明の技術を利用して対大帝国戦に投入できたら、と考える。


 しかし制御コアのディアマンテとこれまで話したところ、彼女は人間のように考え、自らに与えられた使命、規範を守ろうとしているように思った。ただ人間の命令に無条件に従うロボットとは違う。


 そうなると、ディアマンテは諦めたほうがいいかもしれない。人類を守護するという存在理由から推測するに、おそらく人間同士の戦いには、関わり合うことをよしとしない気がする。


「――それで、王子殿下にお伺いしたい」


 ディアマンテは背筋を伸ばしてアーリィーを見た。


「あなたは、もしくは、あなた方ヴェリラルド王国は、私たちをどのように扱うおつもりですか?」

「どのように……と言うと?」

「先ほど申し上げたとおり、テラ・フィデリティア航空軍はすでに存在しません。私たちの主人はなく、その所有権は、私たちを発見し、こうして交渉しているあなた方にある」

「それは……。それを言ったら、発見したのはジンたちだよね」


 アーリィーは俺へと視線を向けた。


「ここに来たのも、ジンの飛空船があったおかげ。そもそもここはヴェリラルド王国の領地にはなっているけれど、人の入れなかった未踏地域。言ってみればダンジョンみたいなもの。そうなると……ディアマンテやこの遺跡での発見物について、所有権はジンにあると思うよ」

「ダンジョンルールってやつか」


 冒険者ルールとも呼ばれるもので、ダンジョンで回収した物は、その回収者のモノになるというものだ。


 これは危険仕事が多い冒険者たちの権利として、ほとんどの国家から認められているルールでもある。国は自分の負担を少なく、魔獣退治などを冒険者にやらせているわけで、言うなれば『金銭出さない代わりに、現物支給ね』的なやつだ。


「まあ、国としても、特にお宝もない遺跡を押しつけられて困るんじゃね?」


 ベルさんが軽く言ったので、アーリィーは苦笑してしまう。その遺跡を俺には押しつけてもいいっていうのかい、ベルさん?


 俺は、じっと、ディアマンテの顔を見つめた。


「何か俺に選択権があるようなので答えます。正直に言えば、大陸征服を目論む大帝国との戦いに、テラ・フィデリティアの力を使えるものなら使いたい、と思っていました」

「いました、ということは、今は思っていらっしゃらないのですか?」


 微妙な言い回しも指摘できるんだな、この制御コアは。


「今も思っています。ただ、ディアマンテ。あなたのように自らの存在理由を理解し、与えられたプロトコルを遵守しようとしているものに、戦いを強要はできません。……できないのではないですか? 人間同士の戦いに介入するのは」


 人類の守護者であるテラ・フィデリティア、その人工知能である。俺の元の世界にあったロボット工学三原則みたいな縛りがあるのではないか……?


 ロボットは人間を傷つけてはいけない。ロボットは服従しなければいけない。以上2点を違反しない範囲で自分を守らなくていけない云々。


「いえ、我々にそのような原則はありません。私たち兵器は、それを使う主人の命じるまま敵を殺すのですから」


 ……ないそうだ。


「ただ、テラ・フィデリティア航空軍の軍規には、非武装の民間人は攻撃してはならない、というのはあります。これは人間、兵器問わず、守らねばならない規則です」


 つまり、ディアマンテの言い分からすると、人間同士の戦争に参加可能。ただし、武器を持たない一般人は攻撃しないということか。


「では、大帝国との戦争には、テラ・フィデリティアの技術を使う。私がそう宣言したら、協力していただけますか?」

「それが、新たな主人である、あなたのご命令とあらば」


 ディアマンテは、自らの胸もとに手を当てた。


「所有者あっての兵器。テラ・フィデリティアなき今、その存在価値をお与えください」

「……期待に添えるよう頑張ります」


 結局のところ、俺が期待した結末となった。この機械文明遺跡には、兵器こそ残っていなかったが、その時代の旗艦制御コアとかいう『知識』を獲得した。言うなれば、ディーシー――ダンジョンコアを得たか、それ以上の戦果と言える。


 航空軍というだけあって、ジェットエンジンやそれ以上の航空機エンジンの知識が得られるかもしれない。戦車や航空艦艇のデータを解析できるなら、魔力生成を用いて生産もできる!


 そしてそれを俺に委ねると、この国の王子様から言質ももらった。……まあアーリィーはそこまで理解していないとは思うけど。


 対大帝国反乱軍――それはもはや夢物語ではないかもしれないな。


「トキトモ様」

「……ん? 何でしょう、ディアマンテ?」


 所有権が俺にあるからだろうが、『様』付けされるとこそばゆいな。


「我々は兵器です。主人の命令に従い、敵を撃ちます。ですが、テラ・フィデリティアの軍規は私の行動を縛っています。つまり、非武装民間人への攻撃は行いません。その意味は、理解していただけますでしょうか?」


 さっきもそんなことを言っていたな。この部分、かなりこだわりがあるのだろうか。


「……侵略はしない、ということでしょうか?」


 俺が言えば、ディアマンテは薄く笑みを浮かべた。


「人類を守る、というルールは厳守します。その点、大帝国に砲を向けることはルールと矛盾しているようですが、その大帝国の侵略行為が、多くの民間人への攻撃、暴力を繰り返すことは人類を守護するという見地から見過ごすことはできない事態と言えます」

「非武装民間人を攻撃する大帝国に対しては、ディアマンテ、あなたの参戦は正当化される……?」

「その通りです」


 ディアマンテの目が光る。


「あなたの下で全力で働くためにも、くれぐれも、民間人への攻撃などをお命じくださらぬよう願います。……もちろん、それを決めるのは、あなたご自身ではあるのですが」


 命令には従う。けれど本来できないことを無理にさせて、負荷をかけないでね、という解釈でいいかな? バグって後ろからあなたを撃つかもしれないよ――と、までは言っていないが、まあ、その心配は無用だ。


 フン、とベルさんが鼻をならした。


「命じるもなにも、ここには動く兵器なんぞないじゃないか」

「ベルさん」


 俺は首を振って否定すると、ディアマンテに向き直った。


「承知しました。非武装民間人への攻撃はしません。テラ・フィデリティアの理念は私も深く共感致します」

「ありがとうございます。……ふふ、私たちを作った文明は滅びましたが、その意思は確かに受け継がれていたようですね。あなたはテラ・フィデリティアの正当な後継者かもしれません」


 侵略者と断固戦い、人類を守る。それがテラ・フィデリティア航空軍である――と、ディアマンテは席を立つと、踵を鳴らし、俺に敬礼をした。

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