第112話、機械文明の生き残り


「人!?」


 ベルさんが身構え、ブルト隊長もアーリィーを守るように出る。


 古代文明の戦艦らしき廃墟の舷梯げんていに佇む一人の女。


 銀色の長い髪を背中へと流した、二十代半ばから三十代の女性だ。怜悧な雰囲気をまとうその人物は、士官用軍帽をかぶり、灰色の軍服を身につけていた。どこから見ても、近代の軍人さんだった。


「気をつけろ、主」


 ディーシーが警戒を露わにする。


「あの女に見えるもの、人間ではないぞ」

「機械?」

「いや、実体がないというべきか……。とにかく我には説明し難い」

「幻影?」

「も、もしかして、幽霊!?」


 アーリィーが口走った。なるほど、幽霊ね。廃墟らしくなってきた。


 浮遊メカが俺たちのもとを離れて、軍人らしく見える女のもとへ飛んでいった。あのメカにも見えているのか、彼女の姿は。というか、持ち主だったり。


 女は何やら浮遊メカと見つめ合った後、こちらに向いた。そして『こちらへどうぞ』とばかりに舷梯を指し示した。


「敵ではなさそうだな」

「こちらに対して警戒感がまるでねえな」


 ベルさんが首を横に振った。無防備そのものという相手の態度に、ディーシーが鼻をならした。


「実体がないから、お構いなしということなのだろうよ」

「せっかく招待してくれるみたいだから、それに乗っかろう」


 俺は艦に昇るためのタラップに近づき、その階段を登った。


「しかし……本当に大きなふねだ」


 女性は相変わらずこちらを待っていた。この艦の乗員なんだろうか……?


 格好からすると士官のように見えるが……ああ、そうそう、あれ実体がないから人間じゃないかもしれないか。でも見た目は人間なんだけどな……。古代文明人はああいう姿だったんだろうか。


 舷梯を登り、いよいよ乗艦。先ほどの女性士官は、さっと敬礼をした。


「テラ・フィデリティア航空軍、第二艦隊旗艦『ディアマンテ』へようこそ」


 女性士官は精悍な表情を崩すことなく、ハキハキと告げた。


 喋った! というか言葉が通じる!


 しかし、テラ・フィデリティア、ディアマンテ、第二艦隊――新ワードが押し寄せる。

 と、俺も突っ立っているわけにもいかないな。


「お出迎え感謝いたします。俺はジン・トキトモ。冒険者です。えーと、こちらはアーリィー、ヴェリラルド王子殿下。この国の王族です。……乗艦を許可していただけますか?」


 一瞬、女性士官の目が宙をさまようように動いた。だがそれも刹那だった


「王子殿下であらせられますね。失礼いたしました。私は当艦の制御コア、『ディアマンテ』。もちろん、殿下の乗艦を許可いたします」


 そこでディアマンテと名乗った女性は小さく微笑んだ。……え、制御コアって言った。一瞬、俺はディーシーを見てしまう。その彼女は口を開いた。


「制御コア、とは、お前はダンジョンコアか?」

「ダンジョンコア……? 申し訳ありませんが、私のデータにそのような単語は存在しません。ですが、ご覧のとおりの人間ではありませんので、申し訳ございませんが、よろしくお願いいたします」


 どこからどう見ても人間に見える。幽霊でないなら、リアルな立体映像だよな……。ダンジョンコアが擬人化したディーシーという例があるとはいえ、コアを名乗る存在が人型というのは、やはり驚くしかない。


 こちらへ――と、ディアマンテは俺たちを艦内へと誘った。



  ・  ・  ・



 巡洋戦艦――戦艦並みの火力を誇り、足の速い巡洋艦に匹敵する速力を持つ強力な軍艦。それが『ディアマンテ』である。


 ディアマンテ級巡洋戦艦のネームシップであり、かつての文明が存在していた頃は、テラ・フィデリティア航空軍に所属していたという。


 その巡洋戦艦『ディアマンテ』号の艦長室。歴代の艦長が使ってきたという部屋は、いたって普通の個室といった感じで、机や椅子、簡易な書棚の他、応接用のソファーなどがあった。


 ディアマンテは、壁に埋め込まれた機械を操作しながら「コーヒーはいかがですか?」と聞いてきた。


「艦は長い年月の間にオーバーホールが必要なほど傷んでおりますが、お飲み物を用意できるくらいは再生できました」


 アーリィーはソワソワしていて、俺の方にチラチラと視線をやる。おそらく彼女は、状況についていけていないのだろう。


 俺も同じだけど、元の世界でSFやアニメ、小説で機械文明的なものに接していた分だけ、多少は話せた。


「ありがとうございます。いただきます。……言葉がわかるんですね?」

「はい。先ほどあなた方の行動は観察ドローンにて見ておりました。あなた方の会話から言語の解析させていただいたので、おそらく言葉については問題ないかと思います」


 なるほど、あの浮遊メカが、俺たちのやりとりをデータ化していたのか。


「ええ、問題なさそうですね」


 固有名詞については、詰めていかないとわからないだろうけど。


 ベルさんは複雑な表情。アーリィーは、すでにわからないという顔をしている。さっきの会話だけでもドローンが何かで引っかかったかもしれんね。いいよいいよ、俺が話をするから。


 ディアマンテは、彼女が存在した世界のことを軽く話してくれた。機械が発達し、人間が栄えた時代。しかし宇宙からの侵略者アンバンサーの襲来。世界は未曾有の危機に陥り、テラ・フィデリティア航空軍が組織され、異星人と戦った。


 その機械の栄えた文明は滅びたようだが、異星人の姿もないことからおそらく撃退はしたのだろう、とディアマンテは語った。


「この世界の人間が、そのアンバンサーの末裔であるという可能性は?」

「それはないでしょう。アンバンサーと人間は、あまりに外見が違いますから。彼らの特徴はあなた方を見た限りありませんし」


 現代に、そのアンバンサーがいたという記録は残っていない。まして支配されているということもないから、機械文明――と俺は呼ばせてもらう――は、ディアマンテの言うとおり、異星人をやっつけたのだろう。


 だが相応のダメージを人類側も受けたため、結果として文明は滅びてしまったといったところか。


 衝撃の事実ってやつだなこりゃ。

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