第111話、ガイドメカ


 それはモンスターではなかった。


 自由の女神像が持っているたいまつのような形の物体が、ふよふよと浮遊してきたのだ。たいまつと形容したが、炎の部分はボール型で燃えているわけではない。


「何あれ……?」


 アーリィーが怪訝な顔になり、ブルト隊長が盾を構えて前に出た。


 浮遊物は、ガードメカの類いだろうか。大きさは40センチくらい。武器はついてなさそうだが油断はできない。


「こっちへ来るぞ」


 ゆっくりと近づいてくる。一直線ではなく、こちらを観察するようにどこか警戒しながらの接近だ。


 球形部分にはカメラだろうかレンズの目がひとつ付いていた。


「ぶっ壊すか?」

「待て、ベルさん」


 逸るなよ、相手は機械だろう。こっちへ突進してきていない以上、まだ敵と判断されていない。


 俺は自身に防御魔法をかけた上で前に出た。俺にカメラが向いているようだから、手を振ってやる。


 ファーストコンタクトは友好的に。


 俺が手を振ったからか、浮遊メカは俺のほうへやってきた。一応、不意打ちに備えて防御魔法は掛けてある。


「ハロ-」


 呼びかけたが返事はない。しかしその機械は首を傾げるように傾いて、こちらをじっと観察している。……首はないけどな。


「ジン、これは何なの?」


 アーリィーは不思議そうに俺と、浮遊メカを見比べる。何、って言われてな……。


「ロボットの類いだと思うけど」

「ロボット……?」

「機械。うーん、ゴーレムみたいなものかな」


 当たらずとも遠からず。自らの行動パターンに従い動いているという点では同じか。


「ゴーレム……」

「コピーコアが浮いているみたいだな」


 そう言ったのはディーシーだ。ブルトは依然として警戒を緩めない。


「表面が金属のようですな。小型のアイアンゴーレムでしたら、武器での破壊は難しいかもしれません」

「我には、そう攻撃するモノには見えんがな」


 ガーディアンモンスターやダンジョンの防衛装置を生成できるディーシーは、外見から構造や機能をある程度推測できる知識を持っていた。


 俺と同じく、この球形の浮遊メカに攻撃兵器が積んでいないと感じたようだった。


 しかし、ベルさんは言った。


「確かに武器っぽいのは見えんがな。あの目ん玉から魔法を撃ってくるとか、侵入者に近づいて自爆するタイプかもしれんぜ?」

「自爆型なら、もっと素早く飛んでくるだろうぜ」


 可能性は捨て切れんがな。俺が近づいてきた浮遊メカに手を伸ばせば、それは静止した。お、触らせないつもりか?


 するとメカは元来た道を引き返し始めた。ゆっくり、ふよふよと。ブルトは振り返った。


「何だったんでしょうか?」

「逃げた……ってわけでもなさそうだな」

「こっちを誘っているのではないか」


 ベルさん、そしてディーシーが言った。浮遊メカは、こちらをチラと見ると『こっちへおいで』と言わんばかりに一瞬傾いて、また進み出した。


「ついてこいって言ってみたいだな」


 俺は浮遊メカに続く。アーリィーがそんな俺にくっつくようについてくる。


「大丈夫なのかな……?」

「いい加減、廃墟だけってのも飽きたからね」


 動いているものがある時点で、まだ何か俺たちが見つけていない何かへ導いてくれるかもしれない。


「ジン殿、罠という可能性は?」

「無くはないけど、その時はその時ですよ、ブルト隊長」


 防御魔法は掛けてある。何か反応があれば、ディーシーやベルさんが気づくし。


 前を行く浮遊メカは、時々振り返っては、俺たちがしっかりついてきているか確認した。逃げるでも振り切るでもなく、こちらの歩調に合わせている動いていた。


「やっぱ、俺たちを案内したがっているみたいだ」


 古代文明時代のガイドメカなのかもしれないな。というか、俺たちを見てガイドしてくれるなんて、生命体なら何でもいいほど単純なメカなのか、はたまた俺たちが古代文明人と姿が変わらないからかもしれない。



  ・  ・  ・



 浮遊メカは俺たちを遺跡内を案内した。


 居住施設、動力施設、司令部らしき施設――どれも廃墟で埃に塗れ、さびついたスクラップだったが。


 当然ながら無人。しかし大型のクモや獣が入り込んでいるもので、こちらに対して牙を剥いてきた。


『やっぱ、こいつ敵じゃね?』


 そう思ったのは最初だけだった。気づけば、浮遊メカもモンスターの出現場所を予めカメラを向けることで、こちらの注意をそちらに向けて知らせたり、戦闘中に俺たちのほうへ避難してきたりした。


 結果、敵じゃないと皆が納得することとなった。


 遺跡内を見た感想として、この文明はかなり高度に進んだ機械の文明だったのは間違いなさそうだった。


 人間とロボットの共生した世界。道中にコンピューターの類いや、ガードロボットらしいメカが見られた。どれも動かなかったが。


 人間が存在していたというのは、部屋や通路の規格が人間のそれに合わせられていたこと、トイレやバスタブなどが存在していたことで確信した。


「古代文明人か……どんな人たちだったんだろう?」


 アーリィーは、かつての文明に思いを馳せているようだった。彼女にとってはロマンなんだろうね。


 それにしても、こうも壊れたガラクタばかりの中、案内してくれている浮遊メカだけが動いているんだよな。


 ボロっちくはあるが他と比べても傷みもほとんどない。何でコイツだけ残っていたんだろうね。……あー、喋られないのが悔やまれる! コイツが音声ガイドしてくれるだけでもかなり楽になるのに。


 やがて、浮遊メカは元の造船所跡地へ戻ってきた。ガイドももう終わりかな?


 浮遊メカは1隻の軍艦のほうへ飛び、やはり『こっちへ』という仕草をとった。


 大きな艦艇だ。かつて俺のいた世界で存在していた戦艦によく似ている。ざっと全長は250メートルを超えている。水上艦艇と違って下面にも主砲や艦橋構造物らしいものがあるので、高さの面でかなりデカい。


「……今度はあの船か?」


 ベルさんが苦笑している。近づく俺たちだが、そこでふと気づいた。


 その戦艦らしき艦に乗り込むための舷梯げんていに、人が立っていることに。

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