第104話、高高度浮遊群


「なるほど、確かに何か浮いてるな」


 ベルさんも、飛空船ウェントゥス号より上方に見える無数の浮遊物を見た。


「結構大きいな。岩つーか、島?」

「伝説の浮遊島!」


 アーリィーが目を輝かせた。随分とファンタジーだな。


「浮遊島?」

「そうだよ! 凄い、ボク初めて見た!」


 王子様、大興奮。


「本当に浮遊島ってあったんだ……。来てよかったぁ」


 うん、よかったねー。ここまで喜んでいるアーリィーの姿に俺もほっこり。可愛いよ、アーリィー。


 何でもこの世界には、かつて空に島を浮かべた天空人なるものが住んでいたとかいう伝説があるらしい。


 莫大な富と、強大なる武力を持った天空人は鋼鉄の船を浮かべ、自由に空を制した――と伝えられている。


 天空の城かな、と俺は某作品を思い浮かべる。大方、古代文明時代の遺物か何かだろうと思うけどな。しかし、空を飛ぶ島とか、本当にあるんだな、この世界。


「ディーシー、どうだ?」

「漂っているな。本当に岩の塊が浮いているだけのようだ」

「岩って浮くものだっけ?」

「伝説の浮遊島だって!」


 はいはい、わかったからアーリィー。で、どうなの、ディーシー?


「天然の浮遊石が含まれているんだろう。もう少し近づけば正確なスキャンができるが……」

「エンジン動くか、これ?」


 いまウェントゥス号は浮遊石の力で浮上しているのであって、エンジンは一応回ってはいるが、どれだけの推進力を出せるかわからなかった。レシプロエンジンは高高度には弱いからな。


「しょうがねぇな、オレが動かしてやるよ」


 ベルさんがひょいとコンソールに乗る。……何だか光りだした!


 するとウェントゥス号が動き出した。グンと加速しては進んで、速度が落ちてきたらまたグンと蹴り出すように加速する。


「ベルさんの魔法か?」

「魔力を集めてそれで踏み出す感じ」


 黒猫姿の魔王様は答えた。ともあれ、ウェントゥス号は浮遊する岩塊の群れに近づく。アーリィーはさっきから浮遊物をワクワクしながら見ている。


「……うーん、島、なのか?」


 近づくにつれて、無数の岩塊が見えてくる。大きいのは軽く100メートルを超えているが、平らな大地があるわけでもなく、小惑星群が浮いている印象だ。


 小さいのは数メートルほど。しかしウェントゥス号に当たったら、それはそれで致命傷になる。


「防御魔法を展開しておく」


 俺はウェントゥス号の防御装置のスイッチを入れておく。ベルさんが笑った。


「ジン、ここの岩は浮いているだけだぜ? ぶつかりゃしねえよ」

「念のためだよ。ベルさんだって、ここの岩が全部見えているわけじゃないだろ?」


 死角にあった岩と衝突なんてご免だからな。車の運転だってそうだ。油断大敵。


「船の大きさを考えたら、案外直進できないかもしれない」

「大砲でぶっ飛ばす?」

「あまり当てにできないな」


 この飛空船、一応自衛用に8センチ速射砲を2門装備しているけど、防空性能については期待していない。大帝国さんは対飛竜用なんて言っているが、せいぜい対地砲撃くらいしか使い道がないと俺は思っている。


「本当にアステロイドベルトの中みたいだ」

「アステ……なに?」


 アーリィーが聞いてきたが、俺は「独り言だよ」と流した。まるで大小様々なジャガイモが浮いているみたい。


「主、ただの岩の塊ばかりじゃなさそうだ。金属らしき反応が出てきた」


 ディーシーが魔力スキャンをしながら言った。


 大きな岩塊の間をウェントゥス号が抜ける。すると先ほどまでと景色が変わった。漂っているものが岩だけはなくなったのだ。


「うわ……」


 アーリィーも少しだけ顔を強ばらせた。そこは表現するなら、ゴミ箱の中身をぶちまけたような有様だった。


 岩の塊も見えるのだが、金属的なパーツや、建造物の一部といった明らかに人工物が、瓦礫がれきとなっているのが目に付く。数十メートルクラスのものが多く漂っている。


「天空人の名残か……?」


 何でこの大きさのものが浮いているのか疑問だが、これらもどこかしろに浮遊石のような浮遊装置をどこかに抱えているのだと思う。でなければ、とうに地上に落ちてるはずだ。


「まるで戦場跡みたいだな……」


 飛行機、いやSFで見るような宇宙船の一部のようにものが浮かんでいる。天空人とやらの遺産か、はたまた古代の超文明のものかは知らないが、それらはかなり発展していたんだろうな……。


「ベルさん、漂流物が増えてきた。注意」

「防御魔法があってよかったな」

「大丈夫かな、防御魔法」


 アーリィーが心配そうな声を出した。俺は浮遊物へと視線を向ける。


「こっちが低速で行く限り、細かなやつは大丈夫だ。……だからって大きいものには当たりたくないが」


 瓦礫、岩塊、建物……? 視界の中を流れていくそれらを見やる。ベルさんが口を開いた。


「明らかにドンパチやらかした跡があるな。あの筒みたいな形のやつ。内側から爆発があって真っ二つになったように見える」

「こっちの箱型は、砲撃を喰らったみたいに穴がいくつかあるな……」


 ファンタジーの空飛ぶ船、というよりSF寄りな船っぽい。軍艦の砲塔らしきものがついた艦艇らしき残骸も見受けられる。


「空の墓場か」


 ベルさんの言葉が、しっくりくる。


「空の上で戦争があったのかな」


 アーリィーが祈るように目を伏せた。ディーシーがキョロキョロと残骸を見ている。


「主、何が手頃なものを回収しないか?」

「賛成……したいが、手頃なものなんてあるか?」


 異空間収納を使えば、大きさは関係ないか。


「どれがいいかな……?」

「岩の欠片を持っていっても面白くないぞ」


 ベルさんが浮遊物を睨む。


「どうせなら、あのいかにもな金属の塊にしておこうぜ。船っぽくないけど、船っぽいやつとか」


 円盤じみた瓦礫だ。どんな金属で出来ているか、果たして既知のものか、古代文明時代の未知の金属か。それだけでも収穫だろう。


 ウェントゥス号は、残骸のひとつに近づいた。

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