第103話、浮遊石はどこまで浮ける?


 大帝国の特殊部隊がルーガナ領に侵入した件は、アーリィーにも報告しておいた。


 先の攻撃を俺たちが潰したことを大帝国が察知すれば、また部隊を送り込んでくる可能性がある。


 攻められているのがアーリィーが治める領なので、領主に知らせるのは当然のことだ。

 魔人機を保有していることについて、明かすのは思うところはある。だが俺たちがフメリアの町を制圧した際に、壊れた機体を回収したことはアーリィーや近衛騎士たちも知っていた。


 直していることもわかっているだろうから、今さら感もあるが、相手は限定しておく。あのいけ好かないザンドーは多分知らないだろうから、知らないままにしておこう。


 また敵がきて魔人機を出すこともあるかもしれないが、その時はその時である。


「また、あなたたちに救われたね」


 アーリィーは俺たちを労い、感謝を表した。


 領のほうも冒険者たちがやってきてボスケ大森林に行き、経済が回ってきた。大帝国の攻撃さえなければ順調そのものと言っていい。


 冒険者たちの様子を見て、アーリィーに魔法を教えたり、相談に乗ったり。そして秘密基地で兵器の開発。中々充実していると思う。


「ねえ、ジン。お願いいいかな?」

「何だい、アーリィー?」

「ボクね、ウェントゥス号に乗りたい」


 アーリィーがそんなことを言った。


「空の散歩……ううん領の視察だね! ルーガナ領がどんな状況か領境の様子も含めて視察したいんだ」


 空の散歩って言ったよね? 本音はそれだろう。視察は建前だが、アーリィーは領主であるわけだから、実にもっともらしく聞こえる。


 ……ブルト隊長やオリビアなら、視察と言われれば他に予定や行事でもなければノーとは言えんだろうな。


「いいんじゃないか」


 俺としても、飛空船を操縦するのはやぶさかじゃないしな。



  ・  ・  ・



 かくて、俺とアーリィー、ベルさんとディーシー、ブルト隊長は飛空船ウェントゥス号に乗って、遊覧飛行もとい、領内の視察へと出かけた。


「大帝国が侵入してきたとなりますと――」


 ブルト隊長は難しい顔になる。


「領境に見張り所などがあったほうがいいでしょうな」

「早期発見、早期通報できるシステムは構築すべきでしょうね」


 見つけるだけでなく、報せる設備も必要だ。この世界基準で考えるなら、狼煙や早馬、少々贅沢だが、魔術師の念話といったところだろう。


 うちは飛行型シェイプシフターや魔力通信機のリレーで索敵と通信をやっているけどね。


 アーリィーは操縦席の窓から眼下の景色を眺めていた。視察というより観光ムードなのはその背中を見ればわかる。


 楽しそうなんだよ。俺もほっこりしてしまう。空が好きなんだよなぁ彼女は。鳥にないたい――とかいう現実逃避が発端だったとしてもだ。


 ……そういえば、アーリィーは、俺たちがシュトルヒという単座の戦闘機を持っていることを知っている。そのうち自分も操縦したいとか言い出すんじゃないかな?


 ブルトもアーリィーの魂胆はわかっているが、それを咎めることはしなかった。近衛歴が長い彼も、アーリィーの置かれた状況は熟知していると言ってもいい。少々のことは大目に見ているんだろうね。

 口うるさいオリビアはいないしな。……彼女、高所が苦手なんだっけ?


「ねえ、ジン。このウェントゥス号ってどこまで上昇できるのかな?」


 おっと、アーリィーがオリビアが聞いたら卒倒ものの質問をしたぞ。


「浮遊石ってどこまで上がれるの?」

「……どこまでだっけ」


 俺はディーシーに振り返った。浮遊石を解析しているダンジョンコア少女は答えた。


「支えている物体の重量に左右される。浮くだけなら高度1万メートル以上はいける」

「高度1万!」


 アーリィーが目を回した。


「……でも、浮くだけならって?」

「飛空船のエンジンが動かなくなる」


 ディーシーの回答は、アーリィーには理解できなかった。


「どうして動かなくなるの?」

「レシプロエンジンってのは空気が必要だからな」


 俺は上を指さした。


「高くなればなるほど空気が薄くなる。そうなるとエンジンが息をついちまうのさ。高い山に登ると呼吸するのが苦しくなるだろう? あれと同じことがエンジンにも起きるんだよ」

「エンジンって呼吸するの?」


 ディーシーとベルさんが顔を逸らした。笑ってやるなよ。


「まあ、物凄く乱暴に言えば間違ってないよ。酸素が必要だし」


 別にアーリィーがエンジンを作るわけじゃないし、大ざっぱな説明でよかろう。細部を説明したところで、かえって理解できないと思うし。ぶっちゃけ俺自身、専門家に比べたら素人扱いされるレベルだ。


「せっかくだし、上がれるところまで上がってみるか」


 俺自身、興味あった。エンジンを使ってどうにかこうにか上昇するのは大変ではあるが、浮遊石の力に頼るだけなら難しい操作もいらないしな。


「ひとつ、とても高いところから下界を見てみるのもいいだろう」

「そうだね!」


 アーリィーは提案に飛びついた。ディーシーは「いいんじゃないか」と満更でもなさそうだったが、ベルさんは無言で首を傾げていた。


 ……この魔王様はその気になれば自力で空を飛べる人だからな。高高度の景色もある意味見慣れているのかもしれない。


 ウェントゥス号は高度を上げていく。普通は上昇するために機首を上げるものだけど、浮遊石だとそんな操作も不要だから楽でいい。


 まあ、空中戦だったら、こんな風船みたく上がっていくのは的になるだけだけど。飛空艇の遊覧飛行なら充分だろう。


 アーリィーは終始楽しそうだった。見るモノ全てが珍しいのだろう。景色の違いを楽しんでいた。可愛いなー。


 グングン上昇するウェントゥス号だが、実にゆっくりとしたもので操縦室のある下部船体から上部船体に移って、のんびりしたり、青い空を見上げたりした。


 アーリィーは俺についてきて、ウェントゥス号の色々な場所にある窓からの景色を満喫していた。


「凄いよ、ジン。雲がボクたちの下にある!」

「そうだね。……外はかなり寒くなっているんだろうな」


 心なしか船内の気温も冷えてきた。と、頭上の窓を見上げたアーリィーが目をパチパチとさせた。


「ねえ、ジン。ボクの見間違いかな。何か見えるよ?」

「うーん……?」


 アーリィーが望遠鏡を使い、俺は遠距離視覚の魔法で拡大。ポツポツと黒い点のようなものがいくつか見えてきて――


「岩……か?」

「浮いているね。……岩が浮いているよ!」


 アーリィーが声を上ずらせた。俺もビックリだ。


 こんなお空の上に何で岩がたくさん浮いているんだ?

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