第91話、誘致は成功のようだ
受付のトゥルペさんに頼んで、ラスィアさんを呼んでもらった。
談話室のほうに通されて、俺はダークエルフさんと打ち合わせをする。近況報告というか、すり合わせである。ベルさんが早々に居眠りを始めた。
「冒険者が一気に増えたようですね」
「はい。フライングマンタを始めとした王都近辺にはいないモンスターを狩ろうと冒険者たちがやる気を出していまして」
どうぞ、とラスィアさんが紅茶を用意してくれた。どうも――
「それだけ人が来てくれれば、フメリアの町やハッシュ砦のほうも盛況でしょうね」
とはいえ、限界はある。
「まあ、最悪宿や食事処がいっぱいでも、王都に戻ればいいわけですから、パニックになることはないでしょう」
旅先で泊まれない!というのは重大な問題ではあるが、ポータルのおかげで日帰り可能。やってきた冒険者が野宿しなくてはいけない、ということもない。
「暇を持て余していた中堅層が動いたのは大きいですね。ルーガナ領ではコバルト製の武具を扱ってますが、それを手に入れようと頑張っているようです」
「ほう、それはそれは。思ったより食いつくのが早かったですね」
ミスリルの劣化版であるコバルトだから、もう少し様子見が多いかと思ったが……。何より武器や防具は高いからね。
「先行した中堅グループが、コバルトの武器を試供された影響でしょう。魔法を使う戦士の方々に大変好評でした」
ああ、そういやあったな。ドワーフたちが最初期に作った、商品としてはちょいバランスの悪いやつをお試しで貸したのだ。
エンチャント系の魔法が乗りやすくて、威力が上がったとか何とか。
「冒険者ギルドの武具ショップにもコバルト製品を卸せないか、と相談を受けています」
「まあ、いいと思いますよ。せっかく作ったモノも売れないと意味がないですからね」
俺が頷くと、ラスィアさんが改まった。
「それで、こちらに王都の商業ギルドが視察したいと申し出がありました」
「早いですね」
今のところ、王都のポータル利用は冒険者に限定している。一応、そちらで許可したら商人も通していいよ、と言ってはある。
「王都冒険者ギルドの武具ショップは商業ギルドの管轄ですから。ポータルを含めて、ルーガナ領の話ももう知っているんですよ」
「なるほど。そりゃすぐに伝わりますね」
俺は苦笑した。冒険者からコバルト製品の問い合わせがあったりとか……いや、ギルドフロアでの冒険者の動きを少しでも観察したらわかっただろうね。
「了解。アーリィー……殿下にも報告しておきます。たぶん問題ないでしょう」
そんなこんなで話を進めていたら、談話室にヴォード氏がやってきた。
「よう、ジン」
「こんにちは、ギルドマスター」
俺が応じると、熊のような体躯のヴォード氏がニコリとした。
「どうだ? これからボスケの森でひと狩りせんか?」
「ギルド長!」
ラスィアさんが眉をひそめた。
「ダメです。仕事をしてください」
「まだまだボスケ大森林地帯は調査が進んでいない。若い連中が危険な場所に迷わないようにだな……」
「そんなことを言って、ただ暴れたいだけじゃないんですか」
ダークエルフさんは冷たい。
「もう若くないんですから」
「……お前にそれを言われるのは、釈然としないんだが」
「はい?」
ラスィアさんが眉をつり上げた。
年齢のことだろうが、それを女性に言ってしまうのはいただけない。俺は紅茶を口にして、間をとる。
ダークエルフもエルフと同様、外見の通りの年齢とは限らない。ひょっとしたらヴォード氏よりも年上かもしれない。
「うちのギルマスは、最近また冒険者としての熱が復活したみたいなんです」
ラスィアさんは当のヴォード氏を無視して俺に言った。
「どこのどなたか存じませんが、火に油を注いでしまった人がいたようで……」
それって遠回しに俺のこと言ってる? ちら、とヴォード氏を見れば苦笑している。先日、俺やベルさんと一緒にボスケの森に入ったのが影響しているのだろう。
俺がここにいると聞いて、誘いにきたのだからそんな気はした。
「まあ、Sランク冒険者であるヴォードさんに声を掛けてもらえるとは光栄ですね」
何故かわからんがヴォード氏が上機嫌になったが、ラスィアさんは相変わらず冷たい。
「この人をその気にさせないでくださいよ、ジンさん。冒険しましょ、なんて誘ったら、仕事も放って飛び出してしまいそうで――」
何その子供みたいなダメ大人。最強のドラゴンスレイヤーのイメージが崩れていく……。
「仕事はきちんとやるさ。そこは大人だからな」
ヴォード氏は反論した。
根っからの冒険者なのだろう、この人は。幾つになっても、冒険者であり続けたいと願っているタイプの。若者が憧れるカッコイイ冒険者の理想なのだ。
「それに、ボスケ大森林の調査も仕事のうちだと思うが? 冒険者たちにクエストとして出していたな?」
「あなたが直接やらなくても、クエストを受けてくれる人はいますから。若者の仕事を取らないであげてください」
ふふっ――なにこのやりとり。思わずニヤニヤしてしまう俺である。
「たまにはいいだろう?」
「ええ、極たまになら。今日はダメですよ」
「仕方がないな。ジン、そんなわけだから、近いうちに探索に行こう」
「わかりました」
「月に一度くらいなら」
ラスィアさんが言えば、ヴォード氏は目を回した。
「えー、週に2回くらいは――」
割と回数多くない?
「月に2回くらいに譲歩します」
これ以上はしません、とラスィアさんが睨めば、ヴォード氏も頷いた。ギルドマスターが去っていくと、眠っていたベルさんが欠伸しながら体を起こした。
「あー、話は終わったか」
「おはよう、ベルさん」
黒猫さんの背中を撫でてやる。ラスィアさんに、他に話がなければお暇しようとした俺だが、その時ドラがノックされた。
やってきたのは、受付嬢のトゥルペさんだった。
「失礼します。あの、マルテロさんがジンさんに面会を申し出ているのですが……」
「マルテロさんが?」
怪訝な顔をするラスィアさん。はて、誰が、俺に面会だって?
「例の視察をしたい商業ギルドの人?」
「いえ、マスター・マルテロは魔法鍛冶師です」
ラスィアさんはそう言った。マスターってことは相当な人だと思うが、そんな人が俺に何のようだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます