第90話、冒険者たちはやってくる
「ワイバーン・ネストが破壊された?」
その報告に、大帝国から派遣された魔術師ラールナッハは、にわかに驚いた。
ここはヴェリラルド王国ルーガナ領にほど近いハインデ領にある秘密拠点である。大帝国諜報部隊『キャプター』がアジトにしている。
「クォレン山脈の高所に作った巣だぞ? 間違いないのか?」
「定時連絡がなく、調査員を派遣しました」
大帝国諜報員――キャプターの構成員は言った。
「その結果、完膚なきまでに破壊された巣とワイバーンの死骸を複数確認しました。信じられないことですが……」
「魔獣使いは?」
「戦死です。彼の隠れ小屋にペクトル・ワイバーンが一体突っ込んでいました」
「何てことだ」
複数の飛竜を操れる高レベルの魔獣使いをまさか失うことになるとは……。ラールナッハでなくても、頭を抱えたくなる事実だ。
「しかし、どういうことなのだ? あの険しい山に作られたワイバーンの巣だぞ? 大部隊を送り込めるような場所ではない。敵の正体は?」
「まったく不明です」
諜報員は首を横に振った。
「少なくとも、敵と思われる者の死体は確認できませんでした。巣を大きな爆発が吹き飛ばしていたので、魔法だとは思うのですが……」
「まさか、正体不明の魔術師が風のように現れて、ワイバーン・ネストと飛竜どもを全滅させたと?」
そんな馬鹿なと言いたげなラールナッハの口調だが、諜報員は無表情のまま頷いた。
「状況からみると、まだその可能性のほうが納得できる理由です」
「正気か?」
「理由はどうあれ、敵の正体は不明。唯一の目撃者だっただろう魔獣使いは死亡――そして飛竜を使った扇動策はもはや使えないということが確かです」
ルーガナ領を攻撃し、王子を誘拐するために進めていた策も再考せねばならない。このヴェリラルド王国を引っかき回すにいい作戦だと思っていたら、思わぬ障害にぶつかった。
「くそ……」
ラールナッハは思わず口走った。
キャプター構成員たちは顔を見合わせ、そしてラールナッハを見た。
「如何いたしますか?」
作戦は中止で?――と淡々と聞かれ、ラールナッハは腕を組んだ。
「みすみすこの状況を見逃せるものか」
王国を混沌に導く反乱軍計画を潰してくれたアーリィー・ヴェリラルド王子。その王子が防衛力が手薄な辺境にいるのだ。復讐する意味でも、逃すには惜しい。
「……魔人機を使う」
ラールナッハの言葉に、構成員たちは再度、顔を見合わせた。
「壊滅した反乱軍に提供した分を失ったので、手持ちはわずかなのですが?」
「本国からの補給は?」
「西方方面軍は今、お隣のシェーヴィル王国に掛かっていますから、多くは回せないでしょう。申請はしますが」
構成員の一人が眉をひそめた。
「しかし、王子の軍には魔人機を撃破する術があるのでは? 仮に補給があっても、使えましょうか?」
そういえばそうだった。反乱軍提供分を破壊したのは、アーリィー王子率いる軍との交戦の結果だ。
――機械の巨人を撃破する力とか……! まさか、今回のネストを吹っ飛ばしたかもしれん凄腕魔術師というやつか?
ラールナッハは口元を引き締めた。
「カリッグやドリトールでは駄目でも、本物の魔人機ならば問題ないだろう」
大帝国が製作した下級魔人機とは違う。古代文明時代の本物の魔人機は、魔法対策もされている。扱える者に魔術師の適性が必要というネックはあるが、投入できれば目下最強の駒と言っていい。
「とはいえ、真正面からぶつかっては、肝心の王子を取り逃がしかねない。細部を詰めていくぞ」
ラールナッハとキャプター構成員たちの会議は続いた。
・ ・ ・
飛竜の巣を叩いて三日。戦勝祝いで大いに騒いだそれも落ち着いた頃。俺とベルさんはフメリアの町を歩いていた。
「しかし、人が増えたな」
冒険者ギルド・ルーガナ支部から出てくる冒険者たち。何だこの人数はよ。行列ができそうな雰囲気なんだが。
傍らにいた黒猫姿のベルさんが鼻をならす。
「中堅どころしか送らないんじゃなかったのか? 素人も結構いるぞ」
「ベルさんから見たら皆素人だろう?」
俺は軽口を叩いた。
「確かに、装備も貧弱なガキもいるな……。大丈夫なのかね、これは」
「大丈夫じゃないんじゃね?」
俺とベルさんは支部に入った。
混雑する冒険者ギルド。ずいぶんと活気に満ちている。
掲示板があって張り出されているのは依頼ではなく、ボスケ大森林地帯と、ハッシュ砦までのルートの情報など。
お手軽リフトカーや、町の施設の料金などの情報のほか、ボスケ大森林地帯のこれまでの情報が書き込まれ、随時情報が更新されているようだった。
「この短期間によく調べたもんだ」
とはいえ、まだ俺たちの秘密基地がある場所からはほど遠いが。むしろフライングマンタがいそうな古代の森近辺へのルート開拓が進んでいるようだった。
「俺もまだ、そっちは行ってないんだよね」
「行く機会があるのかね」
ベルさんが軽い調子で言った。
さて、受付カウンターを見れば……ラスィアさんはいないか。まあサブマスターは忙しいから専任の受付嬢と違い、カウンターにいないこともあるだろう。
比較的空いているカウンターへ行く。こちらのお嬢さんは二十代か。黒髪に白い肌。見た目は悪くないが、目つきがややキツめ。
まずは挨拶。
「こんにちは」
「……どうも。ご用件は?」
ずいぶんそっけなかった。
「ラスィアさんとお話に来たんだけど」
「冷やかしですか? 帰ってくれません?」
めっちゃ冷たい目で見られた。そこらのナンパ野郎に見えたってことか? カウンターに飛び乗ったベルさんが笑う。
「ジン、お前、冷やかしに見えたらしいぞ」
「……。お嬢さん――ええっとトゥルペさん」
名札を確認して、俺は背筋を伸ばした。
「ルーガナ領の雇われ魔術師のジン・トキトモです。定例の報告会のために来ました。サブマスターであるラスィアさんを呼んでもらってもいいですか?」
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