第89話、ウェントゥス航空隊の凱旋


 ウェントゥス基地に帰還の途中、片翼を失ったシュトルヒ3と合流した。


 浮遊石で浮いているから、普通ならバランス崩して墜落しているような状態でも真っ直ぐ飛べる。

 元の世界での常識を考えると、やっぱり違和感だよな。ま、シェイプシフターパイロット君も無事でよかった。


 大森林を飛行。北寄りにアプローチすれば、フメリアの町のほかハッシュ砦すら見えない広大な大森林である。


 森に入っている冒険者たちからは、どちらにしろ視認されずらい環境ではあるが、その目撃の可能性を少しでも減らすべく配慮はする。時間の問題だろうけどね……。


 ウェントゥス基地の秘密ゲートが開き、アプローチ。エンジン出力をほとんど落として、惰性で格納区画へと入れる。浮遊石のおかげで、エンジンを切っても失速しないから慣れると楽なものだ。


 無事に着陸。


「おや、アーリィーがいる」


 俺たちが帰ってくるまで待っていたのかな? 気持ちは嬉しいけど仕事のほうは大丈夫だろうか。……いやまあ、領主の仕事といっても、半日さぼってもちょっと頑張れば取り戻せるくらいしかないんだけどさ。


 キャノピーを開けて、主翼を足場に降りる。


「ジン! よく無事で!」


 アーリィーが駆けてきた。とても嬉しそうなそのお顔。そんなに俺の帰りを待ってくれてたの? 


「ただいま、アーリィー――」


 ガバッと飛び込んできた。おやおや熱烈なタックルだ、と冗談めかしている場合じゃないか。


「どうしたんだ?」

「うん、あなたが無事でよかった。本当に……」


 ワイバーンの巣を攻撃に行った。わずか三機の戦闘機とベルさん、そして鳥だもんな。凶悪大型飛竜が二体と小型飛竜複数いる場所へ殴り込みをかけるには、心許なかったかもしれない。


「まあ、安心してくれ。ワイバーンの巣はベルさんが完全に叩き潰したし、飛竜も全部返り討ちにしたから」


 またどこからか飛来してこない限り、ルーガナ領はしばらくは安全だ。


「また、あなたたちに救われたね。ありがとう」


 アーリィーが頭を下げた。お礼はわかるけど、王子様に頭を下げさせ過ぎかもしれんなぁ。


 それにしても、今回の飛竜騒動。妙なんだよな。他種と共存しないダリス・ドラグーンとペクトル・ワイバーンが一緒にいて、しかも卵まで同じ場所に作るとか。……知られざる生態? それならいいけどもし作為的なものがあったら、この件まだ終わっていないのかもしれない。


「――それで、ジン。ワイバーンは何体倒したの?」

「ん? 俺か? えーと……」

「6頭だ」


 人型に戻ったディーシーが、しれっと言った。


「最後の魔法も含めて主は、ダリスを2頭、ペクトルを4頭落とした」

「6頭も!? それにダリス・ドラグーンを2頭もって、凄い!」


 アーリィーが手を叩く。最後の奴も倒したけど、完全に魔法だし撃墜扱いでいいんだろうか?


 まあ、戦闘機に乗って撃墜したのならいいか。大昔、本当に飛行機が戦争で使われてしばらくは、パイロットがコクピットに持ち込んだ拳銃で相手のパイロットを狙ったとかあったらしいし。


 まだ偵察が飛行機の主任務だった頃だ。最初期は敵とすれ違っても見送ったりとのんびりした空気だったらしいのだが、偵察の効果が認められると敵の偵察機は落とせってなったとか。


 閑話休題。


 最後の魔法はともかく、俺、飛竜を5体撃ち落としたことになるのか。


「俺、エースじゃん」

「エース……?」


 キョトンとするアーリィー。ディーシーも初めてのワードに困惑した。


「主、エースとは何だ?」

「敵機を5機以上撃墜したパイロットの称号だ。撃墜王ってやつだ」


 もっとも、現代基準ではその傾向があるというだけで、何機撃墜でエース・パイロットにするかは国ごとに違った。確か初期はドンパチ機会が多かった国で10機、途中参戦だったアメリカが期間の短さをみて5機でエースにしたとかじゃなかったっけ。で、今は5機でエース認定。


「撃墜王か、格好いいな」


 アーリィーが感心したが、首をかしげる。


「でも戦闘機自体、初めて作られたのに、称号って……?」

「あー、古代文明時代の文献にそういうのがあったんだよ!」


 元の世界の知識と、この世界じゃ違うからな。俺は慌てて誤魔化した。異世界人だってことは、あまり言うものじゃないしな。


「古代文明時代!」


 アーリィーの目の色が変わった。


「そんな文献があったんだ……。ということは、あの時代に戦闘機があった……?」

「そうだ。俺は以前、古代文明時代の飛行機に乗ったことがあるんだぜ!」

「ほんとっ!?」

「ほんとほんと。マジだ」


 事実である。その経験が今回にも生きたわけで――


「ああ、本当、あの時、我が記録しておけば、出すこともできたんだがね」


 ディーシーが思い切り拗ねた。そんなダンジョンコア娘の反応に、アーリィーが困ってしまう。


「あれは何?」

「そっとしておいてやれ」


 誰にだって触られたくない過去や思い出もあるさ。


「撃墜王か……いいな」


 黒猫姿になったベルさんがトコトコとやってきた。


「でもよ、ジン。ワイバーンならこれまでだって腐るほどやっつけてきただろう?」


 腐るほど、とは連合国にいた頃も含めての話だ。そりゃあまあ、いっぱい叩き落としたよ。町に襲来したワイバーンの群れだったり、飛竜の谷とか色々とね。


「地上で戦ったやつじゃなくて、戦闘機に乗って撃墜した数がカウントされるんだよ」

「あ? じゃあ、オレ様が巣ごとやったダリスはカウントされないってか?」

「……確か地上撃破は数えなかったと思う」

「ふうん。まあいいや」


 ベルさんは細かなことは気にしなかった。


「町に戻って戦勝祝いといこうぜ。酒だ、酒!」

「いいねぇ」


 俺が頷くと、アーリィーは顔をほころばせた。


「ワイバーンの巣でのジンたちの活躍、もっと聞きたいな。あとできれば、古代文明の飛行機の話も」


 おねだりするような目を向けるアーリィー。


「ボク、古代文明時代に興味があるんだ」

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