第92話、マスタースミス・マルテロ


 背は低いががっちりした体躯。岩のようにごつい顔に髭もじゃ。……ああ、これはあれだ。


 ドワーフだ。


 俺に面会を求めてきたマルテロ氏と向かい合う形になる。コート鉱山にいたドワーフたちと同族だが、腹回りは大きく、また刻まれた皺などを見てもかなりの高齢そうだった。

 しかし、持っていたのは巨大なハンマー。そしてピンと伸びた背筋を見れば、まだまだ衰えを感じない。


「マスタースミス、マルテロ。魔王鍛冶師としても最高と誉れ高い方です」


 ダークエルフのラスィアさんがそう紹介した。


 ドワーフはエルフと仲が悪いというのはこの世界でもお約束だが、はてダークエルフはどうだったのだろうと思った。……思ったが口には出さなかった。


「王都でも最高の職人と言われています」

「他人の評価じゃ。今は捨ておけ」


 マルテロ氏は年季を感じさせる低い声で言った。


「お主が、この領のことを誰よりも知っている魔術師のジンだな?」

「誰よりも知っている?」


 思わず返せば、マルテロ氏のもじゃ髭が動いた。


「この町の鍛冶師見習いや近場の奴に聞いたら、お主に聞いたほうが早いと言われたのでな」


 なるほど。町じゃ俺は魔術師様って言われて、色々面倒を見ているからな。顔役みたいなものだ。


「何でも知っているわけではないですが、伺いましょう」

「うむ。わしは仕事柄、ミスリルを使っているのが、昨今ミスリルが品薄状態でな。値が高騰している以前に、品がなくて困っておる」


 かつてミスリルの産地だったルーガナ領だが、今ここにはそのミスリルがないんだよな……。


「なるほど、それでこの領を訪れたと」

「わしも一応、冒険者をやっておったからな。ポータルとかいう転移魔法でルーガナ領に行けると聞いてやってきたというわけじゃ」


 マルテロ氏は眉をひそめた。


「じゃが、もうこの領にはミスリルがないという。その代わりがコバルトじゃと聞いて耳を疑ったが……まあ、モノを見て本当にこの領にミスリルが出回るほどないんじゃと理解した」

「……」

「しかし、ほんのちょっとでも、あるのではないか? ミスリルの在庫が。いやないはずがないだろう」


 マルテロ氏は机に両手をついた。


「金は払う。どうか、ミスリルを売ってくれ!」


 うーん、いや、ないんだけどミスリル。


 反乱したルーガナ伯爵を討ち、その物資貯蔵庫も戦利品も見たけど、ミスリルはインゴットのひとつもなかった。


 領内全部ひっくり返せばあるかもしれないが、それを一からやっていく手間と労力、何より時間がない。


 ぶっちゃけ、ルーガナ領だけしかないわけではないし、他で探したほうがまだ建設的だと思う。


「なあ、ジン」


 唐突にベルさんが口を開いた。黒猫が喋ったことに、マルテロ氏は「うおっ!?」と声をあげた。ラスィアさんは苦笑している。


「ミスリルだけどよ……」

「心当たりがあるのかい?」

「ディーシーを呼べよ。あいつがスキャンした範囲のどこかにあるかもしれねえよ」


 確かに、闇雲に探すよりは楽だろうけど……あるかなぁ。


「ここで唸っているよりマシだ」

「そうだな」


 ということで、俺はディーシーを呼び出した。すると談話室に突然、転移トラップが発生して彼女が瞬間移動してきた。


「て、テレポート!?」


 今度はラスィアさんがびっくりしていた。マルテロ氏も目を見開いている。


「もう少し静かにこれないものかね?」


 俺が苦言を漏らすと、ディーシーは悪びれもせず空いた席に座った。


「仕方ないだろう。ここの外は人が多すぎる」


 ディーシーは他人に触れられるのが嫌いだ。俺やベルさんがいない中で、人が群れている場所に単身突っ込むような愚かな真似はしないのだ。ダンジョンコアである正体が知られれば狙われる立場だからね。……ても転移魔法陣を作ってくるのは、正体バレに近づいている気がしないでもない。


「彼女は俺と契約している精霊です」


 人外であることを先に言っておく。精霊なら姿を消したり、不可思議な力を持っているとして多少誤魔化しがきくのだ。


「それで、主よ。我を呼び出した理由は?」


 もとから口調もそれっぽいしな。


「こちらのマルテロさんが、ミスリルを手に入れたいそうだ。どこかにないものか話し合っていたんだ」


 魔力を消費すればダンジョンコア式錬金術でミスリルも作れるんだけどね。めっちゃ効率悪いけど。


「ミスリルの鉱脈か?」

「そういうことだ」

「我が見た範囲では、ルーガナ領にはないぞ。もちろん、すべてを見たわけではないが」


 ディーシーはホログラフィック状のスクリーンをいくつか宙に出した。俺たちは慣れているが、ラスィアさんとマルテロ氏は固まっている。


「――国外は除外だろう。……おや、これはいい」

「見つけたのか?」

「ああ、意外なところにミスリルの鉱脈があった」


 ディーシーは一枚のホログラフィックを動かして、それを魔力で紙の地図へと具現化させた。絶句している二人をよそに、俺とベルさんが地図を覗き込む。


「これはどこだ?」

「大空洞、十三階層」

「王都近くの?」

「ああ、前回潜ったのがその十三階層だ」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」


 ラスィアさんが大きな声を出した。普段冷静なダークエルフさんが動揺している。


「大空洞に、ミスリルの鉱脈が!? そ、それにこの地図は!?」

「マッピングはダンジョン探索の基本ですが」


 俺がしれっと言えば、ラスィアさんはバンと机を叩いた。


「詳しく! 詳しくお願いします! ミスリルの鉱脈は大発見ですよ!」

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