第85話、山岳地形へのアプローチ


 ワイバーンの巣が見つかった。


 コート鉱山がある山の奥。クォレン山脈の一角に大規模な穴があり、そこにワイバーンが7、8頭と十数個の卵が確認された。


 領主屋敷の会議室で、スフェラからの報告を聞いた俺たち。アーリィーは頭を抱えた。


「そんな大きな巣なの……?」

「はい、殿下。偵察報告によれば、大型のダリス・ドラグーンが2頭、小型のペクトル・ワイバーンが数頭確認されています」


 スフェラが淡々と告げると、ブルト隊長とオリビア副隊長が顔を見合わせた。ディーシーが口を開く。


「ダリス・ドラグーンは、獲物とみれば他のワイバーンすら喰らう凶悪かつ大型飛竜だ」

「それが、ペクトル・ワイバーンと一緒にいる?」


 ベルさんが首を横に振った。


「あり得ないだろう。ダリスにとっちゃあ、ペクトルも餌だぞ。それが食われずに一緒にいるわけがねえ」

「偵察に間違いはありません」


 スフェラは断言した。


「あり得ない組み合わせだろうと、事実は事実です」

「小型のペクトル・ワイバーンをダリス・ドラグーンの子供と見間違えた説は?」


 アーリィーが言えば、ディーシーが否定した。


「いや、体毛の色が違うし、頭の突起や各部位の特徴が違う。誤認率は低いだろう」

「どう思われますか、ジン殿?」


 ブルト隊長が俺の意見を求めた。


「まあ、あり得ない組み合わせといったところで現実ではセットになっている。しかもダリス・ドラグーンと言えば、集落荒らしで有名な凶悪なヤツだ。これを叩かねばならないのは確定事項だよ」

「しかし、凶悪ワイバーンの巣とは……。退治は今の領軍では厳しいのではないでしょうか」


 オリビアが眉間にしわを寄せる。ブルトもまた腕を組んだ。


「厳しい。冒険者から有志を募っても、複数のワイバーンが相手ではな……」


 近衛隊長の視線が俺とベルさんに向く。


「お二人のほか、ヴォード殿のようなハイクラス冒険者が複数必要……」

「お言葉を返すようですが――」


 スフェラが発言した。


「巣は山岳地形であり、たどり着くまでに敵の迎撃を受ける可能性が非常に高くあります。その上、足場の狭さ、不安定さを勘案しても地上からの侵入は得策とは言えません。……もちろん、主様とベル様のお力でしたら、困難であっても不可能ではありませんが」

「ありがとう、スフェラ」


 俺は言ったが、どうにも皮肉っぽくなってしまう。


「しかし、地上を行ったのでは時間がかかりすぎる」

「飛空船はどうかな?」


 アーリィーは提案した。だが残念ながら――


「ワイバーンが襲ってきた場合、飛空船では対処できないだろう」


 積んでいる8センチ速射砲は対空戦闘向きではない。やるなら必殺必中。しかし高速で飛行する物体に当てるのは至難の業だ。


 オリビアは歯噛みした。


「では、このまま何もできずにワイバーンが生まれるのを見ているだけですか……!」

「いや、巣は早々に叩くよ」


 この期に及んでは、致し方ない。


「実は、戦闘機という小型の飛行機を試作していた。それを使う」

「セントウキ……?」

「それはどういうものでしょうか?」


 ブルトが聞いてきた。


「対ワイバーン用に作っていた、飛空船の小型バージョンですね。速度もあって、小回りが利き、空中でワイバーンと一対一で戦える兵器です」


 こんなに早くその存在を明かすことになるとは思っていなかったがね……。


「これなら空を飛んでいるから、山岳地形も気にせず侵入できる。ただ――」

「ただ?」

「試作だから数が少ないこと。そしてワイバーンとのドッグファイト用に作ったから、巣を吹き飛ばす爆撃能力がない」


 来たるべき大帝国との戦いに備えて、対地攻撃能力――つまり爆弾を積む装置については、検討と試作の段階であり、TT-1シュトルヒ戦闘機にはまだ装備されていない。


 ベルさんが目を横棒のようにした。


「つまり、飛んでるワイバーンは倒せても、巣と卵は攻撃できない?」

「地上掃射はできるから、まったく攻撃できないことはないが、ちょっと効率が悪い」


 できれば、1回のアプローチでまとめて吹き飛ばしてやりたい。


「そしてまだ、こちらには巣を爆砕できるような強力爆弾はない。そこでひとつ、提案なんだがな、ベルさん」

「何だ?」

「爆弾になってくれ」

「は?」


 俺の言葉に、ベルさんは固まった。聞いていた他の面々も。



  ・  ・  ・



「つまり、オレ様が敵の巣のド真ん中に降りて、そこで爆裂魔法を撃ちまくって巣を破壊すればいいってことだな?」

「その通り」


 自爆攻撃をしろ、というのではない。地上から接近の厳しい場所だから、空から直接乗り込もうという話だ。


 敵の巣に大魔法を連発して殲滅する。たったそれだけのことである。


「それ、お前でもよくね、ジン?」

「俺でもよかったんだけどね。やりたくないないなら、俺がやるけど?」


 直接乗り込むのは、ベルさんでなければ駄目ということはない。巣を攻撃できるだけの魔法があるなら俺でも全然構わないわけだ。


「その場合は、俺が敵の巣まで戦闘機で突っ込むから、ワイバーンの迎撃はベルさんに任せることになるけど」

「どっちもどっちだな」


 ベルさんは唸った。


 俺たちは領主屋敷を離れて、ボスケ大森林地帯の秘密基地に移動した。なお、ポータルを使うことで、アーリィーとブルト隊長、オリビアの3人にだけ、この基地の存在を明かした。王子様の身に危険迫った時の緊急避難先として、教えておこうと思ったのだ。


 で、他の面々にはここの場所も設備も秘密にしておく。


「こんな施設があるなんて!」


 アーリィーはもちろん近衛の2人も驚愕していた。


「ようこそ、ウェントゥス基地へ。そして俺の後ろにあるのが、その戦闘機だ」


 TT-1シュトルヒ戦闘機が3機、並べられている。ワイバーンの巣攻撃のため、ただちに出撃の準備にかかった。

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