第84話、飛翔する影


 その日、朝起きたら、ディーシーとスフェラがいた。


「主、フメリアの町に、またワイバーンが現れたらしい」

「また?」


 目が覚めた。


「被害は?」

「幸い、犠牲者はなしだ。前回のワイバーン襲来があってから、町の外壁に電撃砲台を設置したからな。対空戦闘で一頭を撃墜。残りは退散した」

「複数いた?」

「そうだ。前回に比べて小型だったのが幸いした」


 ディーシーは事務的に報告した。


 なるほどね。電撃砲で撃墜できるレベルの大きさだったってことだ。前回の大型種だったら、ダンジョントラップ流用の電撃砲じゃイマイチ効果がなかったかもしれない。


「こうも立て続けに出てくるものなのか……?」


 前回の襲撃で、一応、町の住民にワイバーンの襲撃率について聞いてみたが、年に1回あるかないかって話だった。


「1カ月以内に2回とか、何か嫌な予感がするな……」


 俺はスフェラを見た。


「飛行型シェイプシフターを偵察に出せ。領内を航空偵察する。ワイバーンの巣でもあったら厄介だぞ」


 ふらっとやってきたワイバーンが巣を作るという話はないわけではない。


 問題があるなら、早期に対処すべきである。まあ、何もないのが一番なんだけどな。単なる偶然であってほしい。


 ……戦闘機開発、少し急いだほうがいいかもしれない。



  ・  ・  ・



 フメリアの町に行くと、騒動は収まっているようだった。


 いつも通りに店が開き、朝から熱心な冒険者たちがポータルからやってきた。


「昨日より増えてね?」


 ベルさんが見かけた冒険者たちを横目に言った。


「確かに日にちを追うごとに、新顔が増えている気がするな」


 俺は同意した。


「王都冒険者ギルドも、送り込む冒険者の枠を広げたのかもしれない。ラスィアさん曰く、こっちへ来たいって冒険者の声が日々高まっているらしい」

「フライングマンタ目当てか。ご苦労なこったな」


 ベルさんは皮肉げな顔になった。


 さて、ワイバーンの撃墜現場に行けば、ブルト隊長と近衛隊長、そして王都軍の兵士がいた。


「ジン殿」


 ご苦労様です、とブルトが姿勢を正した。


「こいつが明け方にやってきました。冒険者ギルドで鑑定してもらったところ、ペクトル・ワイバーンという小型種だそうです」


 黄色い体毛。前回襲撃のワイバーンの半分以下の大きさだ。これでも人間より大きいから脅威ではある。


「聞いた話では、こいつは集団で動くタイプらしいのですが……」

「襲ってきたのは複数だと聞いてますが?」

「ええ。なので、この領内に連中が巣を作っている可能性があります」

「……」


 嫌な予感って当たりやすいなぁー。俺は肩をすくめた。


「こっちでも偵察を出しました。巣があるなら、さっさと片づけないといけない」


 子作りでもされたら、餌を求めて集落に大挙押し寄せるなんて事態も想定される。


 ベルさんが唸った。


「反乱軍がいる時に出ればよかったのにな。そんで潰し合ってくれれば面倒も少なくなっただろうに」

「ベルさん」


 そういうことは言わないの。もし、民間人が襲われていたら大変なんだからさ。


「本格的な防空対策が必要かな」


 俺は町を囲む外壁に設置した電撃砲台を見上げる。ダンジョントラップのひとつであり、ディーシーなら量産は朝飯前だが、欠点もある。


 屋内用トラップだから、対人用なのだ。小型のワイバーンは何とかなるが、大型のものとなると威力不足となる。


 戦闘機でも配置すれば……いやいや、それよりも早期に接近をキャッチして、迎撃できる体制を構築すべきか。


 たしか旧日本軍のとある航空基地は、警戒を兵の目視に頼っていてために急接近した米航空隊の奇襲を受けて、航空機を地上で破壊されてしまったという。

 飛び立つ前から手遅れはよろしくない。



  ・  ・  ・



 領主屋敷。その中庭に俺はいた。午前はアーリィーに魔法指導をする約束になっていたからだ。


「――そうだ。焚き火に、魔力を注ぎ込むイメージで。……放て」

「……っ」


 アーリィーが両手を火へと向ける。次の瞬間、爆発する勢いで火が肥大化した。ぼっ、と音がして、アーリィーは仰け反った。


「わっ!」

「ようしようし、よくやった。魔力を動かすイメージはもうついたんじゃないか?」


 見えない魔力を感じるというのは初心者には難しい。だがひとたび、魔力はあるものだと認識すれば、案外できるものだ。


「大丈夫か?」

「うん、ありがとう」


 尻もちついたアーリィーの手をとり、俺は起こしてやった。激しく燃え上がる火、立ち上る煙が流れていく。


「ちなみに、火属性の攻撃魔法に襲われたら、風魔法で逸らしたり、弱くすることもできる」

「風で?」


 アーリィーは目を丸くした。


「水の魔法をぶつけたりとかじゃなくて?」

「それも手ではあるけど、術者の力量に左右される。冷やしきれれば水が勝つけど、火が強ければ消えないからね」


 だが風なら――


「周りの酸素を遮断してしまえば、火は燃えることができなくなる」


 俺が小さく手をかざせば、盛んに燃えていた焚き火がすぐに消えた。水をかけたわけでも強い風が吹いたわけでもないから、アーリィーは目を丸くした。まさしく魔法だ。


「一瞬で!? 凄い!」

「まあ、アーリィーは魔力が豊富だから水を出せるなら魔力を注ぎ込んで力押しもできるけどね」

「ボクが、力押し……?」


 しげしげとアーリィーは自分の手を見つめた。


「魔力の泉の力って凄いんだね」

「そういうことだ。羨ましいな」


 俺が素直に言うとアーリィーははにかんだ。自分の才能だ、誇っていいぞ。


 そこへ、スフェラがやってきた。


「主様、ご報告です。ワイバーンの巣を発見いたしました」

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