第83話、うごめく者
夜のうちに兵舎が建ち、ついでに娼館を建てた。
兵舎は、元からこの町にあった場所にした。比較的領主の館にも近い。
そして娼館は町の中央から離れた場所にした。といっても、見えない場所というわけではないけど。
町の住人が娼館に対してどういう考えを持つかはわからない。一応、兵士用のガス抜きのために作ったから、最悪採算がとれなくても気にしない。
もちろん、娼館の建設にあたってアーリィーにお伺いを立てて許可をもらった。
ストレス解消による精神の安定は、治安の安定、ひいては住民を守ることに繋がるとかそれっぽいことを言って。……決して、やましいことがあるわけではないと淡々と。
アーリィーは「いいんじゃないかな」とあっさり承認した。その辺りの効果をご存じですよ、とでも言いそうなすました顔だった。
「……娼館の意味わかってる?」
「失礼な! ボ、ボクだって少しくらいは知って……」
指摘したら途端に顔を赤くしてそっぽを向いた。可愛い。
王子様のフリをしているお姫様だから、当然経験はないはずだけど、知識としては多少は知っているようだった。
さて、娼館には、シェイプシフターロッドであるスフェラに、専用の娼婦型シェイプシフターを用意してもらい、受付から警備までオールシェイプシフターに任せた。
そして野営していた兵たちには兵舎への移動させた。意外だったのは、兵士たちが驚いていたこと。
『思っていたより立派』
『騎士様用ではないのですか?』
兵士50人と聞いて、大きな建物にはなったけどね。見ようによってはお屋敷のように感じたのかもしれない。……そこまで豪華にしていないし、シンプルな作りなんだけどな。
ともあれ、これで兵たちの居住問題は解決。
残るは傭兵たちなのだが、ザンドーが個人的に5人を雇った以外は、残りはここまでの給金もらってお役御免になった。
そのうち8人が、王都冒険者ギルド・ルーガナ支部を頼った。というのも、彼らは王都で雇われた冒険者だったのだ。
彼らは、例のグウブツ傭兵団の騒動の時、たまたま近くを通りかかった王都冒険者に驚き、そこでポータルを使って王都へ行き来できる話を聞いたのだった。
だから、傭兵としての仕事にこだわることなく、貰えるものだけもらって王都へ帰還した。
・ ・ ・
ザンドーにとっては、ここ最近は不運の連続と言わざるを得ない。
切り捨て対象の王子に関わったからこれだ――ザンドーは王国から密命を帯びていた。
アーリィー王子の討伐軍に参加するよう命じられたが、彼は本気で反乱軍と一戦交えるつもりなど毛頭なかった。
だから、本当にルーガナ領にまで足を運ぶことになるとは思っていなかった。
「どうして、こうなった」
「騎士隊長殿、何か?」
全身黒い装備を身につけている傭兵が聞いた。ザンドーは眉間にしわを寄せた。
「いや、何でもない」
「……そうですか」
飄々とした口調で、傭兵――サヴァル・ティファルガは口元に笑みを浮かべた。三十代半ばと思われるこの男は、マントの下に無数の隠し武器を持っている。
表向き傭兵だが、その本職は殺し屋である。
「騒動を起こすはずだったゴロツキ傭兵団は、追い出されてしまいましたな」
「……」
「王子様もなかなか、腕の立つ傭兵をお持ちだ」
王子のお膝元で問題を引き起こし、あの気弱な王子を揺さぶろうと思ったザンドーだったが、その目論見はあっさりと潰えた。
人手不足を理由に、こちらの人員を切れないだろうと踏んで、目の上の瘤となりうる人材を用意してきたのに、追放されてしまっては意味がない。
「ま、やれと言われればやりますよ、こっちは」
サファルは狩人らが好んで被る帽子で目元を隠した。
「それが仕事ですから」
「事は慎重に当たらなくてはならない」
ザンドーは声を落とした。
「事故に見せかけられるならそれが一番だ。じっくり、時間をかけてもだ」
「……ま、成功報酬が破格なんでね。付き合いますよ。騎士隊長殿」
サヴァルは立ち去った。ザンドーはその後ろ姿を黙って見送りと、兵舎のほうへ踵を返した。
「すべては、王国の未来のために」
・ ・ ・
ボスケ大森林地帯深部、秘密基地。
その地下工房で、俺たちは有人仕様のゴーレムの開発を進めていた。
前回、フメリアの町で試作していたものに比べて、ボディをシェイプアップ。操縦者を守るため、コクピットは密閉式。なお視界は、ゴーレムの頭部、そのバイザー部分から直接外を見る仕様だ。
この辺り、SFもののパワードスーツみたいなものと思っていい。背中の張り出したコンテナっぽい部分はパイロットの乗り込み口兼コクピットなので、ブースタージャンプみたいな機能は積んでいない。
全高3メートル程度に抑えるために、余裕がなかったというべきか。
ただし、従来のゴーレムと異なり足回りは、大帝国から鹵獲した魔人機の技術を参考に走ったり、小ジャンプなどができるようになっている。
試しに俺が動かしてみると――
「へぇ、やるじゃん」
見ていたベルさんの感想がそれだった。ガシャンガシャンと鉄の塊が地下格納庫を走る。ペダルとスティックで手足を操作するが、搭載されているゴーレムコアがコンピュータの役割を果たしていて、こちらのやりたいことに合わせて動いてくれる。
「どうたい、ジン? 乗り心地は?」
『最高だ』
自分の手でロボット兵器を操縦している。それがきちんと思った通りに動くのはやはりいいものだ。スティックを動かし、右手、そして左手を動かす。
パンチ動作はまだもっさりしているが、専用の槍をもたせれば、中々器用に振り回せた。
「町の防衛能力がまた一段と上がったな」
ベルさんがウンウンと頷いた。
がっちりしながら従来のゴーレムと違い、シュッとした印象を与える。その機体表面の形や全体のシルエットもロボット兵器のそれに近いから、ただのゴーレムと違うのは容易に想像できるだろう。
有人ゴーレム、戦闘用パワードスーツ――無人機と分けるために敢えて、パワードスーツと呼称する。そのタイプ01、ナイトⅠである。
近衛隊にようやく、完成型を見せられるな。
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