第82話、アーリィー、怒る


「ザンドー隊長。傭兵たちへの給金だけど、雇ったのは君だ。君が払って」


 アーリィーの冷ややかな口調に、ザンドー騎士隊長は眉をひそめた。


「はい!? 殿下?」

「こんな騒動を起こしてくれるとはね。本当なら彼らを連れてきた君にも責任をとってもらうところだけど――」


 アーリィーはザンドーに対して容赦なかった。すぐ後ろに俺がついていたけど、口出しする必要もなさそうだ。


「君も命令で来たんだけど、だからと言って好き勝手されると困るんだよ」

「しかし、あれは傭兵たちが勝手に――」

「うん、そうだろうね。でもボクたちは君が雇った傭兵をこっちで引き取るつもりはないから」


 その顔に赤みがさしているのは怒りのためか。アーリィーが表向きお怒りモードというのは珍しいのではないか。ザンドーも心なしか顔が強ばっている。相手が王族であることを再認識したのではないかな?


「何なら、食事処の修理代、被害者への補償も君が出してくれてもいいんだよ?」


 ギロリ、とアーリィーは、さらにザンドーを睨んだ。俺がザンドーに傭兵への給料問題への対処を促したのはあるけど、それだけでなくアーリィーの怒気がドンドン加速しているような……。


「どうしてくれる? 領発展のために準備していたものを、ボクたちが進めてきたものをぶち壊したって……これは反乱だよね?」


 ザンドーは青ざめた。王子様がガチで怒っている。これ暴君レベルなら、部下といえど処刑しちゃうレベルの怒りじゃね?

 正直、ここまで強く当たるのは俺の想像を超えていた。それだけアーリィーにとっても町の発展は思い入れがあったのかもしれない。


「ボクはね、腸が煮えくり返る思いなんだよ。どう始末をつけてくれるの? ねえ、ザンドー?」

「も、申し訳ございません!」

「うん。傭兵を雇ったのは君だよね?」

「監督不行きでした! 申し訳ございません!」


 ザンドーはその場で膝をついた。アーリィーは彼を見なかった。


「人手が足りないから降格もしないし、君の失態は許してあげる。領内の警備は任せるけど、民に手を出したら、その時は責任をとってもらう。部下たちにも同様。でないと、さっきの傭兵たち同様、追放だからね」


「はっ、ははーっ!」


 ザンドーはひざまずく。領内で一番怒らせてはいけない人を怒らせたのだからね。アーリィーが寛大な子でよかったな。



  ・  ・  ・



 上司が部下を叱る場合、人のいない場所でやれ、とよく言われる。


 が、見せしめとして見るなら効果はあったようで、王都から来た兵士たちや残る傭兵たちには、ここでやってはいけないことが何かよくわかっただろう。


 彼らをここまで連れてきた騎士隊長が、派手に王子様にド叱られたのを目の当たりにしたのだ。貴族でさえそれなのだから、末端の者たちはさらに厳しく罰せられるだろうと馬鹿でもわかったからだ。


 事実、傭兵たちの中でも特にガラの悪かったグウブツ傭兵団なる者たちは追放された。


 本日、兵たちはテントを張っての野営であると、近衛隊長から通告された時も、少々不満はあれど従った。


 ブルト隊長が「町に迷惑をかけて――」と追放傭兵が悪いような言い方をしたために、兵たちの不満が、アーリィーではなく傭兵たちのほうへ向いたのだった。


 とはいえ、真面目な兵もいただろうし、とばっちりの面もある。俺としては兵たちに『お金を出させず泊まらせるつもりはなかった』から、結果オーライなわけだけど、これからこの兵たちも領の警備で働くわけだから、あまりヘイトを溜められても困る。


 なので、さっさと兵舎を作ってやるぞ、この野郎ー!


 俺はブルト隊長らと兵舎の敷地の確認と確保すると、ディーシーとさっそく設計作業にかかった。

 そしてもうひとつ、隊長に相談を持ちかけた。


「は? 娼館、ですか……?」

「まあ、風俗というやつですね」


 俺はさらりと言った。変に緊張するようなことでもないし。


「フメリアは再建途上にありますし、そもそも人が少ない。で、今回、兵士が増えたでしょ? そうなると問題になるのは娯楽施設の不足」


 衣食住があれば、次に欲しいのは時間を潰せる場所。もっといえば日頃のストレスを発散できる場所である。


「冒険者やらを呼び込むってことで酒場も用意しましたが、もう少し増やしたほうがいい……。兵隊酒場みたいに、ちょっと分けてもいいかもしれない」


 王都からやってくる人たちは、敢えて娯楽を少なくすることで、王都に戻ってそっちで発散してもらおうって考えていた。


 だが領の警備を担当することになる兵たちは駄目だ。休暇ならともかく、休息時間や自由時間にふらっとポータルを使って王都に行って、そのまま蒸発したり、あるいは王都で事件を起こされても困るのだ。


 兵たちにはできるだけ領内で解消してもらいたい。


「それで、娼館ですか」


 何とも複雑な表情になるブルト隊長。彼もそこそこお年だし、若い者と違ってそっちへの欲求は少ないのかもしれない。または近衛隊長としてそのあたり律しているのかもしれないが。


「建物自体はすぐに建てられます」

「娼婦は……どう手配するのですか? まさか住人から探すとか……」

「希望者がいれば別ですけど、とりあえずこっちで手配しますよ」


 俺が答えると、ブルトは目を見開いた。


「ジン殿にはアテがあるのですか?」

「……」

「あ、王都から娼婦をスカウトするとか」

「もっと簡単な方法があります。……ただし、大きな声では言えませんけどね」


 俺は周囲を確認しながら声を落とす。


「うちのシェイプシフターに、そういう仕事ができる奴がいます。それを増やして配置します」

「シェイプシフター!」


 ブルトは目を剥いた。俺は静かに、とジェスチャー。


「正体知っちゃうと萎えてしまうのでここだけの話ですけど、昔そっち方面で経験を積ませたことがあったんですよ。相手が男だろうが女だろうが、満足させられるようにできています」


 情報収集のため、変身できるシェイプシフターをスパイ兼娼婦、男娼として用いたことがある。ちゃんと本場の娼館などで学ばせたから、テクニックも相当だ。

 何より、顔や体型を自由に変えられるシェイプシフターである。サキュバスやインキュバスも顔負けのハイレベルどころを用意できる。


 ま、個人的には兵士たちの情報集めに使うつもりでもあるんだけどね。


 娼館は情報が集まりやすい。人は接触が強ければその分、気が緩んで口も軽くなる。情報収集には打ってつけであり、古来よりスパイたちの隠れ蓑だったりする。


 ついでに、娼館経営で兵たちにはお金を落としてもらおう。

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