第81話、戦場の傭兵は横暴である


 その傭兵たちは最初から態度が悪かった。


 人が来るようになると、準備していた食事処に押しかけると酒と食い物を要求し、店のものを壊しながら、店員を脅迫した。


『反乱した領地の人間が! 本来ならてめぇらも死罪だぞ』


 などと暴言を吐き、おそらく金も踏み倒すつもりだったこの傭兵たちだったが、そこまでだった。


 何故なら、俺たちがそれを許さないからだ。せっかくここまで準備したものをぶち壊されてたまるかっての!


「お前ら、全員外に出ろ!」


 俺が一喝すれば、傭兵どもは凄んできた。


「ああ? 何モンだテメェはよぉ?」

「オレたちはグウブツ傭兵団だぞ。この町はこれからオレたちが面倒を――」

「うるさい、黙れ」


 俺は沈黙の魔法で髭もじゃ傭兵を黙らせた。暗黒騎士姿のベルさんが入ってくる。


「オレはオレ様だ。遅参組よぉ、ここでの礼儀ってのを教えてやるから外へ出ろ」

「なにを――お――」


 反論しかけた傭兵がベルさんに捕まれて、外へ連れ出された。もうこなれば、傭兵たちも黙っていない。外に出ると武器を抜いた。


「てめぇら、覚悟しろや!」

「うるさい。……かかってこいよ」


 俺もブチ切れ。グウブツ傭兵団とかいう腐れ野郎ども十数人と、俺とベルさん、そしてシェイプシフター兵数名で乱闘である。


 向こうは武器を振り回したが、こっちは素手だ。俺は魔力を腕にまとわせて鉄拳制裁! 傭兵は斧やナイフを使ってきたが、躱してからのカウンターで撃沈。俺やベルさんが殴った相手が一発で沈んでいくが知ったことではない。肋骨は折れ、鼻血を垂らし、傭兵たちはダウンした。


 オリビア副隊長ら近衛隊が駆けつけた時は、ほぼ終わった。


「ちくしょう……何だって、オレたちがこんな……」


 髭もじゃ傭兵が血の唾を飛ばしながら言った。なに、理由が知りたいと?


「お前たちは、領主様が進めていた復興計画に対して悪辣な妨害、いや破壊活動をした」


 俺は淡々と傭兵たちを見下ろす。


「これは領主に対する反乱行為であり、罪に問われる。場合によっては死刑もあり得る」

「死刑……っ!?」


 傭兵たちが愕然とした。


「そんな……オレたちは雇われて――」

「お前たちと、ルーガナ領の領主との間には何の契約も交わされていない」


 俺は言い訳を聞くつもりはなかった。


「器物損害に対する賠償と謝罪を速やかに領主と被害者にする必要がある。……ですね、オリビア近衛副隊長殿!」


 俺が声を張り上げれば、場を包囲する近衛騎士たちと様子を見ていたオリビアがビクリとした。


「この者たちは王子殿下の復興計画に対して攻撃をした反逆者であります!」

「反逆者……!」


 それを聞き、オリビアはつかつかとやってきた。


「どうするべきだと思われますか、近衛副隊長殿。領主への反逆の罪で即刻打ち首としてもよろしいかと思いますが?」


 オリビアは騒動の傭兵たちを見下ろし、ついで、食事処の入り口周りを見た。暴行されたらしい店員の姿が見えて、オリビアの顔は怒りに染まった。


「殿下の臣民に手をあげるなど言語道断! 貴様らの愚行、死をもって償ってもらうぞ! 近衛隊、抜剣! この不届き者を処罰を下す!」

「待って!」


 アーリィーの声がした。近衛騎士たちの手が止まり、死を覚悟した傭兵たちも怯えに怯えて動かない。


「オリビア、待って」

「王子殿下……」


 オリビアが頭を下げる。アーリィーとブルト隊長がやってきた。


「この町の復興を頑張ってきた皆の努力を踏みにじる行為は、ボクも許せない。だけど、彼らは反乱軍と戦うために雇われた者たちだ。たとえ金が目的だったとしても、参加しようとしてくれたことに免じて、命は助ける」

「……へ? あ、で、殿下……?」


 傭兵たちは、まさか助かるとは思わなかったのだろう。だからアーリィーの言葉に耳を疑い、そして慌てて向き直ると土下座した。


「あ、ありがとうございます! 殿下っ!」

「別に許したわけじゃないよ」


 アーリィーは冷たかった。冷静にお怒りだった。


「命は助けるけど、すぐにルーガナ領から立ち去ること。二度と来るな。――以上。ブルト隊長、彼らを町の外へ」

「承知しました殿下」


 ブルト隊長は一礼すると、近衛騎士たちに傭兵たちを連れ出すよう命じた。


 アーリィーは俺とベルさんのほうへやってくる。


「すぐに場を収めてくれてありがとう。被害も最小で済んだよ」

「皆で頑張っていこうって時に水をさされたらな、たまらんよ」


 俺はいつもより吐く息が熱を帯びているのを感じた。やっぱり、あの傭兵どもには怒っていたんだな。


 アーリィーが任された領地をなんとか盛り上げてあげようと色々手を貸してきたけど、自分でも思った以上に肩入れしていたようだ。


「あのまま始末してもよかったのにな」


 ベルさんが言った。


「いいのかい? 追放で済ませて」

「……まあ、住民たちの前で殺すのはどうかなって思ったというのもある」


 アーリィーは考え深げに言った。


「それにここにきた兵たちにも、悪いことをしたらどうなるか見せられたと思う」


 周囲には騒ぎに人が集まっていた。合流したばかりの王都軍の兵たちや、他の傭兵の姿もあった。それと……あれは冒険者のパーティーかな。何事か話し合っている。


「なるほどねぇ、連中の前で悪いことしたらこうなりますよってことか」


 ベルさんが小さく笑った。


 悪い言い方をすれば、いい見せしめになったかもしれんね。王子らしかった、と、俺が改めてアーリィーを見れば、彼女は手を握ったり開いたりしていた。


 ……ああ、傭兵たちには毅然とした態度だったけど、本当は怖かったんだな。俺はそれを察して、しかし口には出さなかった。


 人前で采配を振るうことがなかった彼女である。こういうのは、少しずつ慣れていけないい。


 で、本当はそっとしておきたいんだけど、ひとつ片付けておくことがあるよね。


「アーリィー。いい機会だから、ザンドーにさっき話したことを通告しておこうか」


 傭兵たちの給金については雇ったザンドーが払うこと。もしザンドーがごねても、こっちはビタ一文払わないからと突っぱねる。あの、人を小馬鹿にする子爵殿に今後なめられないように、王子様がズバッと言う。


「そうだね……」


 緊張するアーリィーに俺は近くに寄った。


「大丈夫、俺がついている」

「うん。ありがとう」


 何かあったら守るから、と背中を押してあげる。


 そしてもう一件、別の要件を。魔力念話に切り替えて。


『ベルさん。シェイプシフター兵に言って、追放された傭兵どもを見張らせてくれ。黙って追放に従うならよし。もし領民やアーリィーに復讐を考えているようなら――』

『始末する、だろ。わかってるよ』


 ベルさんが黙ってその場を離れた。


 どこの世界にも、阿保もいれば逆恨みする馬鹿もいる。念には念を入れないとな。

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