第80話、人が増えたけど、喜べない話


 領主の館に様子を見に行くと、玄関で王国軍の騎士とすれ違った。


 三十代、細身で目が細く、冷ややかな印象を与えるはザンドーだった。


「フン、冒険者か」


 小馬鹿にするように鼻をならして、ザンドーは部下たちの元へと足を向ける。ベルさんが唸った。


「あの嫌味野郎。とうとうこっちへ来たか」

「重役出勤だなぁ」


 俺たちが先に反乱軍を倒して、あれからどれだけ経っているというのか。遅刻も遅刻。討伐軍に配属されたのだから、本来ならごめんなさいと謝るところだぞ。


 館に入ると、アーリィー付きの従者たちの長であるビトレー氏が立っていた。


 初老の紳士である。口ひげを生やし、穏やかな表情に見えて、目が細く、油断なく相手を観察する眼力の持ち主だった。近衛ではないので人数に数えていなかったが、メイド2人を含めて、俺たちと一緒にルーガナ領に来た人で、領主館で仕事をしている。


「ビトレーさん」

「これは、ジン様、ベル様」

「あの騎士の見送りか?」


 ベルさんが聞けば、「ええ、まあ……」とビトレー氏は言葉を濁した。


「ですが、ちょうどよいところにおいでくださいました。アーリィー殿下がお二人にご相談があると」

「……でしょうね」


 大方、ザンドーと王都から来た討伐軍遅刻組のことだろう。


 というわけで、ビトレー氏の案内で会議室に行けば、アーリィーが渋い顔になっていた。


「ジン!」

「せっかくの綺麗なお顔が台無しだよ、アーリィー」

「からかわないでよ」


 近くの席に座ると、さっそくアーリィーが切り出した。


「ザンドー隊長とその部隊の兵士が、こちらに送られてきた」

「さっき会ったよ。で、連中はこれからどうするって?」

「王命に従い、ルーガナ領の警備につくって。ボクの配下ということで」

「やったね。人数が増えた……って、あまり嬉しそうではないな」

「実は、面会早々、小言をくらってね」


 アーリィーは肩をすくめた。


 ザンドー曰く、先行していたはずが、いつの間にかこちらより先に行ってしまうとは困った。しかも共に戦うはずが、完全に置いてけぼりを食らって、騎士として立つ瀬がなかったとか云々。


「合流できなかったことを棚上げして、王子に文句を垂れるとはふてぇやろうだ」


 ベルさんが眉をひそめた。


「お前こそどの面下げて遅参しやがったんだってな」

「そこはブルト隊長が言ってくれたよ。『先行していたのに合流できなかったのは貴殿らにも落ち度があろう。王子と共に戦わねばならなかった者が何食わぬ顔でやってきて戯言を言うとは恥を知れ!』とか何とか」

「さすが近衛隊長」


 ビシッと言ってくれたらしい。


 まずは遅参を詫びるべき、と近衛隊長は、騎士隊長に謝罪するように言ったという。そりゃそうだ。仕事してないんだもん、社会人ならまず謝らないと。


「で、それはいいんだけどね」


 アーリィーは話を続けた。


「今回やってきたのは、ザンドー以下兵士が50名と傭兵が30人くらいかな。それらがこちらのルーガナ領に配属される」

「おいおい、人数減ってるじゃねーか」


 ベルさんが嫌味な顔になった。


「傭兵を200人くらい集められるんじゃなかったっけか?」

「まあ、もう反乱軍が片付いちゃっているから、それだけ来てもむしろ迷惑だったんだけどね」


 アーリィーはため息をついた。


「この傭兵30人の給金についてもこっちが払うことになった」

「雇ったのはザンドーだろう? あいつに払わせればいいよ」


 俺は言った。


「継続してこちらで雇用するというなら別だけど、そうでなければこっちが応じる必要はないよ。改めてこちらで働きたいっていうなら、面接の上で採用を決めればいい」

「そうする」


 アーリィーが視線をビトレー氏に向ければ、執事は頷いた。


「でも、ザンドーと兵たちは、ルーガナ領軍となるわけだから、こちらは面倒を見ないといけない」


 正直、近衛騎士しかいないから領の軍としては人手不足が深刻である。新たな兵を募集できるほど人数がいない現状、ザンドーはともかく、兵士50人の補充はありがたい。


「住むところが必要になる。近衛騎士はこの領主館で収まるけど、今回の兵士たちは収容できないから兵舎を作らないといけない。当面、町の宿に――」

「いや、自分で金を出した者以外は宿には泊めるな」


 俺はきっぱりと言った。どうして?という顔になるアーリィー。


「宿はこれからルーガナ領に来てくれる冒険者や旅人、商人たちのために空けておく。特に今は冒険者のお試し組がきている。今後のために彼らが優先だ」


 兵士の仮宿で、せっかくきた冒険者たちが泊まれないのは最悪だ。


「こちらで早期に兵舎を作ってやるから、それまで天幕でも張って野外で過ごしてもらう」

「そうそう、反乱軍討伐に参加しなかった奴らを甘やかす必要はねえよ」


 ベルさんも言った。


「懲罰ってことにしておけよ。王子様は怒ってますってな!」

「うーん、まあ、そうなのかな……」


 アーリィーは困った顔になる。


「一応、人数不足が少しでも改善するんだから、あまり近衛隊と争うようなことになっても困るというか……」


 領主としては増員は喉から手が出るほど欲しかったところだし、気持ちはわかる。でも――


「ベルさんも言っていたけど、甘やかさなくていいさ。兵舎だって、どうせ一日もあれば建つんだから」


 こっちでパパッと魔法で建ててやる。アーリィーの言うとおり、兵士たちから必要以上にヘイトを買う必要もないわけで。


 それにザンドーは嫌いだが、付き合わされている兵たちは別だからな。


「さて、その兵舎はどこに建ててやろうかねー」


 建設予定地の候補を決めようとしていた時、下が少し騒がしくなった。誰かが駆けてくる足音がして、すぐに会議室の戸がノックされた。


「どうぞ」

『失礼します!』


 シェイプシフター兵だった。


『団長、町の食事処でトラブルです。王都軍からやってきた傭兵が騒ぎを起こしています』

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