第79話、俺氏、ランクアップする
フメリアの町に、ポータルを通して冒険者たちが何組かやってきた。
俺は冒険者ギルド・フメリア支部のカウンターで、サブマスターであるラスィアさんとお話中。
「――古代の森があるかもしれない、と話したら、冒険者たちはやる気を出していました」
ダークエルフ美女は事務的に言った。しかし、冷静なできる秘書を相手にしているみたいで、ちょっと俺もドキドキしてる。
「例のフライングマンタですか」
「アレの噂は王都冒険者ギルド中で話題になっていますよ」
ラスィアさんは営業スマイルを浮かべた。
「ルーガナ領で、とはすでに公表しています。その上で、中堅冒険者パーティーにボスケ大森林の話とお試し探索の話をしたら――」
「皆、喜び勇んでポータルをくぐってきた、と」
俺は苦笑する。すでに三つか四つのパーティーがきて、フメリアの町からハッシュ砦、そしてボスケ大森林に向かったらしい。
ここに来る時に俺もひとつのパーティーとすれ違った。
「フライングマンタは『浮遊する黄金』なんて言われていますから、それがいるとなれば皆探すでしょうね」
これもゴールドラッシュを夢見て、ってやつかな。金脈を求めて採掘者が殺到したのと同じように、冒険者たちが群がるってことだ。
「耳の早い冒険者に、ルーガナ領に行かせろとせっつかれています」
ラスィアさんの説明に、俺はニヤニヤが止まらない。
「今はまだ制限がありますからね」
ボスケ大森林地帯に入る冒険者のレベルの見極めが済んでいないからだ。あの森は場所によっては平然と上位モンスターが出てくることがある。
いくら冒険者が自己責任で動くものとしても、誰から構わず送り込んで死体の山を築かれても困るのだ。
「中堅どころの様子を見て、順次開放できたら、と考えています。それでジンさんには、こちら側で冒険者たちのサポートをしてもらえると助かるのですが」
「俺も多忙ですよ」
「存じております。アーリィー王子殿下のブレーンとして活動されているとか」
「アドバイザー、ですかね」
こつこつ大帝国に対する備えを進めているから忙しい、というのもある。というか、そっちが本業な気がする。
「でもまあ、ラスィアさんのお願いというなら、断るわけにはいかないですね」
美人のお願いには弱いんだ。……男なら皆そうだろう?
「ありがとうございます」
またも営業スマイルを浮かべるラスィアさん。
「それで、そんなジンさんをいつまでもFランクとするわけにはいきませんから」
ダークエルフ美女は、カウンターに冒険者プレートを四つ並べた。銅、銀……え、四つ?
「お好きなプレートをどうぞ。それぞれのランクで作りました」
つまり、E、D、C、Bランクの各ひとつずつだ。
「率直な疑問なんですが、ふつうランクってひとつじゃないですか。これはつまり……俺はBランクってことですか?」
「うちのヴォード……こほん、ギルドマスターが、あなたのことを大変高く評価していまして」
ラスィアさんが、すました顔で言った。
「ランクはジンさんが使いたいものを使わせてやれ、ということらしいです。……私にはわからないのですが、ジンさんにはわかりますか?」
「大変評価されているというのはわかりました」
一度、ボスケ大森林での遠征でヴォード氏には色々やってみせたからな。少なくともFランク冒険者のレベルではないのは普通にわかるだろう。
俺は冒険者プレートを四つすべて回収した。ラスィアさんが目を剥く。
「全部、ですか?」
「え? これ状況に応じて、ランクを使い分けろってことじゃないんですか?」
俺はそう解釈したんだがな。
「最大がBランクですか」
「ジンさんが希望するなら、Aランクにしてもいいとヴォードは言っていましたが、さすがに他の冒険者たちの手前、いきなりFランクからそこまで昇格させるのは難しいかと」
「なるほど」
そりゃそうだ。ヴォード氏は、俺がワイバーンやフライングマンタを仕留めたところを見ているが、他の……王都の冒険者たちは知らないからな。
「ご不満ですか?」
「いえ。全然」
俺は笑顔を返した。Bランクなら中堅相手には充分だろう。やってきた冒険者の反応を見るために、わざと低いランクプレートを見せるなんてカモフラージュもできるし。
「ありがたく使わせていただきます」
「悪用はしないでくださいね」
ラスィアさんの笑顔が、いちいち作り物めいている。ヴォード氏ほど、俺を信用していないのが見てとれる。
これは俺のことを知ってもらうために、一度デート……もとい、ボスケ大森林への観光ツアーを共にする必要があるかな?
「ちなみに、ラスィアさんはギルドの外で活動することは?」
「冒険者と関係のある施設に挨拶や打ち合わせに行くことはありますが……」
「前線で戦ったりは?」
「ほとんどありませんねー」
「……そうですか」
あ、これはこれ以上は聞くなの笑みだな。了解、今日のところはここまでにしておこう。
「それじゃ、俺は行きます。何かあったらまた声をかけてください」
「はい、行ってらっしゃい」
じーん……。人から『行ってらっしゃい』コールはいつぶりだろう。ちょっぴり感動しつつ、カウンターを離れる。
ラスィアさんの他に職員が3人ほど。事務と持ち込んだ荷の整理などを進めている。
俺は冒険者ギルド・フメリア支部から出ると、黒猫姿のベルさんが待っていた。
「終わったかい?」
「ああ、冒険者ランクが上がった」
「ほう、Eランクか?」
「当ててみな」
歩き出す俺に、ベルさんが隣をトコトコとついてくる。
「ふむ、さすがにSランクはないな。Aランクってわけでもなさそうだ。……Cか?」
「惜しい」
「じゃあD」
「何で下がるんだよ」
「逆になんで上がるか聞いてもいいか?」
ベルさんが笑った。
「へえ、Bランクか。おめでとう」
「ありがとう。だが正確にはちょっと違うんだ」
俺は冒険者プレートをトランプカードを広げるように四枚見せた。
「四階級制覇」
「なに!?」
予想の斜め上過ぎて、ベルさんが目を剥いた。俺はニヤリとしつつ視線を上げ、そこで嫌なものを見た。
ベルさんもそれに気づいた。
「おやまあ、ようやく……」
「王国軍のお出ましか」
フメリアの町への入り口から少し入ったところに、王国軍の兵士の一団がいるのが見えた。いまさらの登場に、俺は嫌な予感しかしなかった。
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