第78話、TT-1シュトルヒ
ルーガナ領に冒険者を呼び込む準備は着々と進んでいた。
宿や道具屋、鍛冶屋などがフメリアの町とハッシュ砦双方に備えられ、またミスリル鉱山あらため、コバルト鉱山からコバルトを生成、これらをドワーフの職人たちが武具に仕立てていった。
その結果、近衛騎士たちの装備が、一通りコバルト製に変わった。
これはやってくる冒険者たちに、コバルト製の武具は王国のエリートである近衛でも使っているというイメージアップを狙っている。
ミスリルの下位互換という認識が強い世間の風潮を覆すひとつの手として、有名人、有名組織に使ってもらうのが手っ取り早い。
さて、ボスケ大森林地帯の奥地にある俺たちの秘密拠点だが、その周辺では引き続き、反乱軍結成のための兵器開発が進んでいた。
レシプロエンジン搭載の航空機の試験は、シェイプシフターとコピーコアによって行われ『とりあえず飛行機の形をしていました』から、きちんとした飛行機に仕上がっていった。
「問題は武装なんだよな……」
試作単座戦闘機――TT-1シュトルヒと名付けたそれを俺は見やる。
対ワイバーン用ということで、空中での機動はもちろん、相手を撃墜する武器を搭載しなくてはお話にならない。
そんなわけで、積まれたのがダンジョントラップ用魔法砲台。その電撃砲バージョンを戦闘機用に改造、軽量化したものを主翼に1門ずつ。
「うちには機関砲とかないからなぁ」
杖的なものに、石とか氷のつぶてを生成させて放つ武器はあるが、機関砲とは比べ物にならないんだよな……。
「ワイバーンにも個体差があるからな」
ディーシーが腕を組んで言った。
「このサンダーカノンで充分な場合もあれば、威力が不足していることもあるだろう」
「相手はワイバーン……。機械じゃないから、そりゃ差はあるか」
俺はさらに別のシュトルヒへと移動する。こちらの機体には胴体下に一門、砲がついている。
「電撃砲の威力強化版だ」
小型化をしたが、翼内に収まらない大きさだったためにやむなく胴体下に取り付けた。
「だがこれにも欠点があって、正面の敵を撃てない」
「撃つとプロペラを吹っ飛ばしてしまうからな」
いわゆる、プロペラ同調装置がないからだ。
昔のレシプロ戦闘機は、やはり機関銃などをプロペラに弾が当たらない位置に装備した。だがパイロットが直接敵に狙いを定めるにおいて、機関銃は視点に近い胴体につけて命中率を上げたい。しかし胴体は正面にプロペラがあって、撃てば自分のプロペラを吹き飛ばしてしまう。
そこで考え出されたのが、プロペラ同調装置。引き金を引いてもプロペラに当たるタイミングでは発砲しないシステムを作り上げたのだ。
とまあ、こちらはプロペラ同調装置がないので、胴体に砲を取り付けても真正面には撃てない。
ではどうするかといえば、斜め下に撃つのである。つまり、敵ワイバーンの後方斜め上の位置に機体を飛ばして、それから撃つのである。
「俺のいた世界には、昔、斜め銃といって機体の正面じゃなくて斜め方向に撃つ武器があったんだ」
それは下ではなく、上斜めだったんだけどね。大口径機関砲を装備して、高高度を飛ぶ敵の重爆撃機を下から撃墜しようって武器だ。
「なあ、ディーシー。これ下じゃなくて、上に撃てるようにしようぜ」
「斜め上か?」
「うん。だって斜め下は、コクピットから死角になっているから見難い」
これは飛行機の形のせいもあるんだけどね。逆に斜め上はコクピットから敵を直接見られる位置だから、まだ狙いをつけることができる。
「うーん……」
「どうしたんだ?」
怪訝な顔をするディーシーに聞いてみると、彼女は答えた。
「下方視界の悪さはわかるが、この問題はダンジョントラップの『監視目』を設置すればコピーコアを通じてクリアできる」
いわゆるダンジョンに設置する監視装置である。侵入者監視用の目を航空機に応用しようというのだ。
「斜め下にこだわるんだな」
「今は対ワイバーン用の戦闘機ということだが、いずれは爆弾を積んで爆撃もする機体を作るつもりなのだろう?」
ディーシーが、俺の航空機開発案をなぞった。
「爆弾は斜め上には撃てないのだ。結局、下方視界の問題が出るのだから、それならいっそ――」
「確かに。爆弾は胴体の下や翼下に搭載するものだからな。今のうちに下方視界の対策は立てておくべき……ってことか」
ということで納得した。
TT-1シュトルヒに軽度の爆撃能力を持たせる意味でも、試作段階でその目処は立てておく。
航空機を運用するとして、ワイバーンなどの飛行生物を相手にするほか、おそらく地上を進む敵に対して爆撃なども可能ならドンドンやっていくつもりである。
制空権を取るということは、そういうことだ。敵の反撃が届かない空から爆弾を降らせるのも、大帝国の地上兵力を相手にする時に大いに活躍してくれるだろう。
航空機開発は進む。理想を言えば、やっぱりジェット航空機が欲しいんだけどねぇ。
というのも現状のTT-1シュトルヒの最高速度がワイバーンに対して確実に優勢が取れるとは断言できないのだ。
エンジンは大帝国の飛空船用を、無理やり戦闘機サイズにして載せている。新たなエンジンを作りたいが、そのための開発案があるわけでもなく、時間もない。
要するに、一応形にはなっているが、まだ暫定感が拭えないということだ。決定的な優勢な戦闘機を実用化しなければ安心ということはない。
・ ・ ・
「ずいぶんと様変わりしたものだ」
魔術師ラールナッハは呟いた。ルーガナ伯爵に協力し、反乱軍に加わった大帝国の魔術師は、遠距離視覚の魔法を使って、フメリアの町を監視する。
ルーガナ伯爵が反乱を起こした頃に比べると、明らかに町は小さくなっている。こちらが送り込んだ魔人機で暴れさせた結果ではあるが、しかし着実に再建が進んでいるようもあった。
「王子の旗と、近衛騎士が警備か。……ゴーレムがいる」
町の門に立つ門番は少数である。使い魔を使って町中も見たが、全体的に警備の数が少ないように感じた。
「せっかく騒動の種を用意したが、別の手でもよかったかもしれんな」
独りごちるラールナッハ。彼は、王国に潜入した工作部隊と共に、反乱騒動に代わる次の問題を準備していた。
すべては大帝国のために。西方諸国に破壊と混乱を。
「……しかし、王子が少数の警備と共に辺境か」
もし王子の身柄を確保できたなら、ヴェリラルド王国を揺さぶることができるのではないか。何せ、アーリィー王子は、ヴェリラルド国王の息子で後継者なのだから。
――いや、そういえばひとり、不審な奴がいたな。
ジャルジー公爵。ルーガナ伯爵が密かに通じていた、この国の大貴族。あれも一応、王位継承権を持っていたような……。
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