第73話、近衛の認識、モンスターの認識
ボスケ大森林に俺たちは入った。
俺とベルさん、ディーシーの他、アーリィーにブルト隊長ら近衛騎士9名、そして冒険者ギルドのギルマスであるヴォード氏、シェイプシフター兵3名の計16名の編成である。
その隊列はベルさん、ヴォード氏とシェイプシフター兵が前衛を務め、俺とディーシー、アーリィーが前衛の後ろ。近衛騎士たちは左右と後方に3人ずつ展開している。
さて一番最初に遭遇するモンスターは――
「正面に一体……」
魔力サーチをかけているディーシーが簡潔に報告した。
「角猪だな」
前衛組も立ち止まる。
メキメキと木を倒して、その茶褐色の毛皮に覆われた四足の巨獣が現れた。サイの角よりも長く太い一本の角を持つその獣の名前は、ホーンボーア。角猪だ。……何とまあ、馬鹿でかい猪よ。
「前方、防壁隊形!」
ブルト隊長の指示に近衛騎士たちが集まり、アーリィーを守るべく大型盾を構えて壁を形成する。
いやいや、ちょっと待て。何でわざわざ奴の真正面に盾陣組むんだ?
人間を見て荒ぶっているのか、角猪は前足で地面を引っかくと、自慢の角を騎兵の槍の如く向けて突進してきた。近衛騎士たちの盾の壁めがけて。当然、その後ろには俺とアーリィーがいるわけで……。
前衛のベルさんとヴォード氏が顔を見合わせた。
「どっちがやります?」
「どうぞ」
「では!」
ヴォード氏が大剣を抜くと、突進する角猪を一刀両断にした。さすがドラゴンスレイヤー。巨大な猪でさえ、一撃で仕留めた。
「お見事」
ベルさんが口笛を吹けば、ヴォード氏は首を横に振った。
「久しぶりの感覚だ。少しなまっている」
あれでなまってるのか――近衛騎士たちがざわめく。オリビアが顔をほころばせた。
「さすがSランクの冒険者! 凄い腕です」
感心している場合でもないんだが。俺はブルト隊長の肩を叩いた。
「隊長、今の近衛の動き、まずいです」
「ジン殿?」
要領を得ない顔になるブルト。俺は角猪の死体を指さした。
「あれは基本、突進攻撃をします。より大きな標的にです。今の場合、あなた方がアーリィーの前に集まったことで狙われました」
「……」
「もしヴォードさんが切らなければ、近衛騎士の壁は角猪に吹き飛ばされ、アーリィーを危険にさらしていた」
騎士が盾を複数固めれば、確かに弓矢や軽い投石は防げるだろう。だが砲弾よろしく突っ込んでくる角猪の巨体は防げない。
「対人戦では有効ですが、ここは魔獣の森です」
「主――」
ディーシーの警告じみた声。
「わかってる」
俺は指を頭上で振って、エアカッターの魔法を放った。視線はブルト隊長を見たま
まで。
「相手は魔獣です。対人戦のセオリーを反射でやっていると死にますよ」
ボトッと、ジャイアントスネークの頭が地面に落ちた。意外と近くだったので、アーリィーがビックリして一歩距離をとった。
近衛騎士たちは慌てて頭上にも注意を払う。
「面目次第もございません」
ブルト隊長はうな垂れた。
近衛は王族を守る盾である。近衛騎士たちの対応は日夜訓練に励んできた基本中の基本であり、警護の観点から見れば訓練通りの完璧な動きだった。
だがここの相手が、多種多様なモンスターであることを失念していた。
まあ、本来、王族が魔獣のいる森なんか行かないからな。近衛たちが定石に固まってしまうのも無理ないかもしれない。
だが警護担当が状況に応じて柔軟に動けないと、いざという時に困る。
「我々も、いま少し対モンスター戦の訓練を積む必要がありますな」
ブルト隊長は背筋を伸ばした。
「ジン殿、ご助言感謝します。至らぬ点をご指導いただけますでしょうか?」
「いえいえ、こちらこそ」
改まって言われてしまうと、こっちも恐縮してしまうな。ブルト隊長は俺よりも遥かに年上だし。
「以後の陣形はどうしましょうか? 先ほどまでと同じでよろしいですか?」
「ええ。敵の接近はディーシーが警告しますが、それぞれ警戒は怠らないように。モンスターが現れたら、相手を見て素早く行動を予測。その都度、対処していきましょう」
大事なのは――
「近衛騎士はアーリィーを守るのが何より優先されます。でもここのモンスターたちは、必ずしもアーリィーを狙うとは限らないということを忘れないように。警護対象のもとへ下がることが悪手の場合もありますからね」
「心得ました」
近衛騎士たちは頷いた。敵の意図を読むこと。近衛たちの敵は、すべてアーリィーを狙うという認識があるようだから、ここでは違うと指摘しておく。
「では、先へ進みましょう」
・ ・ ・
ヴォードは、ジンと近衛騎士たちのやりとりを興味深く見ていた。
傍らにいる暗黒騎士――ベルに言う。
「どういうことなのか、わからないのですが」
「何が?」
ベルが聞き返した。頭蓋骨を模した面貌の兜のせいで素顔はわからない。
「ジンは一冒険者に過ぎない。その彼の言を、近衛騎士たちが素直に耳を傾けているなど……想像できない」
世間の一般的な冒険者に対する認識とは、アウトローの一歩手前。乱暴者も少なくないというイメージが強い。傭兵同様、正規軍からは見下されているのが普通だ。
もちろん、ヴォードのようにSランクや、Aランクなどの上級冒険者ともなると見方も変わるのだが、下級の冒険者の中にはチンピラまがいの者もいて、評判はよろしくない。
ジンはFランクである。王国軍のエリートである近衛騎士からは相手にされなくてもおかしくない。だが現実は違う。
「ははっ、確かに」
ベルは同意した。
「あいつは規格外だからな。そりゃあ最初は侮られることもあったが、そんな暇を与えられないほど、あいつがバリバリ活躍して近衛に貸しを作ったからな。……ブルトも、ジンがいなけりゃ死んでいたしな」
「命の恩人ということですか。……なるほど」
すべてとはいかないが、何となくヴォードは理解した。同時にSランク冒険者であるベルもまた、ジンに一目置いているのがわかる。
――この中で、指揮をとっているのはベル殿でも近衛の隊長でもない。ジンだ。
どういう男なのだろう。ヴォードは、この魔術師に興味を抱いた。
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