第74話、モンスターの森


 視界の悪い森。しかし、ディーシーの索敵は、接近するモンスターを見逃さない。


 彼女がその都度、接近する敵の正体を報告すれば、俺たちは素早く迎撃態勢をとり、待ち構えた。


 まさに『飛んで火に入る夏の虫』である。


 フォレストリザード――体長三メートル強の大トカゲは、前衛のベルさんやヴォード氏が簡単に片付けてしまう。


 単独の魔獣などは、発見が遅れなければどうということはない。


 近衛たちの動きもよい。……よいのだが、ちょっと不安。騎士たちはこの森の中で鎧をはじめとしたフル装備である。ちょっと注意しておかないといけない。


 さらに奥へと進むと、ホブゴブリンに率いられたゴブリンのご一行様と遭遇した。


 近衛騎士たちがアーリィーを守りながら盾となる彼らの定番戦術を展開した。ゴブリンは単独相手から切り崩す傾向があるので、この場合はアーリィーを守る行動で正解である。


 アーリィーは近衛騎士たちの後ろから魔法銃を使って、ゴブリンアーチャーを仕留めていく。


 初心者でも狙いやすいようにできているとはいえ、いい腕をしている。狙撃の才能があるかもな。


 前衛のホブどもは、こちらの前衛組によってたちまち全滅した。


「こう木や草が多いと、なかなか魔法も使いにくいんだよねぇ」


 エアブラスト! 茂みもろとも、ゴブリンの腹を打ち抜く。油断も隙も――


 飛来した矢を、俺は頭を傾けて躱した。


「――ありゃしない」


 ストレージから剣を取り出し投射。投げ斧よろしく飛んだ剣はゴブリンの喉を切り裂いた。……剣は回収っと。


 倒した蛮族亜人の武器などもストレージに収納。どんどん進もう。


「甲殻虫だ!」


 全長1メートルほどの大型の虫である。堅い外皮は、生半可な武器を弾く。角のないカブトムシのような姿のそれに、左翼の近衛騎士たちは対処に失敗する。


「ぬんっ!」


 ヴォード氏が厚い甲殻などお構いなしといった具合で串刺しにする。しかし何匹かが俺たちのほうへと駆けてくる。意外にすばしっこいんだ!


 アーリィーが魔法銃を撃って、甲殻虫が一匹倒れる。


「ストーンスパイク!」


 俺は土魔法で地面から鋭く尖った岩の棘――いやそれは巨大な槍を生成する。突っ込んでくる甲殻虫の、比較的柔らかい腹部を貫いた。


 一匹がスパイクの抜けて突っ込んでくる。俺はサンダーソードを出して、甲殻虫を真っ二つにした。


 これで虫は全滅か。


「負傷者は!?」

「ひとり、噛まれましたっ!」


 左翼の近衛騎士のひとりが、うずくまっている同僚を見ながら叫んだ。


 俺は駆け寄り、アーリィーもついてくる。負傷した近衛騎士は若かった。座り込んでいる彼の足は防具であるグリーブを裂かれて、肉もえぐられて血が出ていた。


「すいません。本当にすいません、やられました」

「謝るな。落ち着け」


 俺は治癒魔法を使う。淡い光が近衛騎士の傷を癒す。


「アーリィー、甲殻虫の牙は防具も容易く貫く。虫には噛まれるなよ」

「うん……」


 そうこうしているうちに、治療は完了。防具は直らないが、傷は消えた。


「よし、もういいぞ」

「ありがとうございます!」

「帰ったらコバルト製のグリーブをやるよ」


 若い近衛騎士の肩を叩いて、俺は立ち上がる。近くでヴォード氏が見ていた。


「もうヒールが効いたのか。もっと酷いケガかと思った」

「軽傷ですよ」


 俺は周囲を見渡した。


「ブルト隊長!」

「前進できます!」


 他に怪我人がいないか確認を終えたブルトの報告に、俺は頷いた。


 では進もう。



  ・  ・  ・



 やがて森の中の開けた場所に出た。木があまりなく、広場のようなスペースだ。周囲は森に囲まれているが、のんびり空を見上げてピクニックなどもできそうだった。


「……ちょっと休憩しよう」


 近衛騎士たちの顔が心なしか険しくなっていた。重い鎧をまとって森の中を歩くとか、よく考えたらやっぱ無謀だよなぁ。


 そんな中、オリビア副隊長はピンピンしていた。この人、体力バカっぽいなぁ。まあ、帰りもあるから、正直言えばまだ元気でないと困るが。


「ブルト隊長――」

「はい。お前ら、見張り以外はブーツを脱いで足をマッサージしておけ!」


 俺が口出しするまでもなかった。近衛騎士たちにとって、森の行軍は経験はあるだろうが、得意というレベルではない。重い装備で固めている分、しっかりケアしないと後がしんどくなる。


「キツいと思ったら早めに申告するように。俺が荷物軽くしてやるから」


 ストレージに荷物を預けろ、なんて引率の先生みたいだな、俺。


 近衛騎士たちは交代でブーツを脱いで足をマッサージする。俺はアーリィーに声をかける。


「足は大丈夫?」


 以前、反乱軍から逃げている時、歩きにくい森を行き、靴擦れをしていたからね。


「うん、今のところは」


 アーリィーは笑顔で返した。靴を脱いで、その白いおみ足をちらり。


「でも、運動不足を感じてる。ちょっと疲れたかも」

「軽い治癒魔法をかけよう」


 俺は、体力回復にも効果のあるヒールをかける。アーリィーは微笑した。


「気持ちいい」

「そうか。それはよかった」


 彼女の足にヒールをかけるのも二度目だ。


「どうだい、勉強になっているかな?」

「うん」


 アーリィーは頷いた。


「今まで学校とかで色々聞いてきたけど、やっぱり実際に現場に出ると新鮮で。参考になってる」

「俺もいくつか魔法を見せたけど、できそうなものはあったか?」

「風の衝撃魔法くらいかな……」


 アーリィーは少し考える。


「できそう、というか、少しは使えるから」

「優秀だ」


 俺は相好を崩した。まったくの素人というわけではないわけだ。


「じゃあ、いくつかレッスンを始めようか」

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