第71話、アーリィー、自動車に乗る


 フメリアの町についたら近衛騎士たちが集まってきた。はて、何かあったのかな?

 車を停めて、俺は降りる。


「おはよう。どうかしたのかい?」

「――ほらみろ、ジン様の乗り物だ」


 スキンヘッドの近衛騎士、クリントが仲間たちにそう言った。


「乗り物の魔法具か。すげぇ」

「馬もないのに動くのか?」

「かなり速かったよな」


 どうやら、魔力自動車を初めてみる騎士もいるらしい。皆、一様に驚いていた。……そういや、特に見せたおぼえはないんだが、ブルート村に乗りつけた時に見たのかな。


 ざわつく近衛騎士たち。そこへ走ってくる足音が聞こえてきて――


「ジン!」

「おはよう、アーリィー」


 お姫様、もとい王子様のご登場。


「これはいったい何!?」


 バン、と勢いよく自動車のもとまで駆けつけたアーリィー。


「これって、自動車のこと?」

「自動、車……? これも車なの?」

「そうだ」


 たぶん、アーリィーの脳裏には車って馬車などが引っ張るアレのことを言っていると思う。


「よしよし、じゃあ乗ってみるか。そこらをドライブといこう」


 俺はアーリィーを助手席へと誘うと、馬車に乗せるようにエスコートした後で、運転席に戻る。


「ちょっとその辺りをグルッと走ってくるよ」


 クリントにそう伝え、俺は車を運転する。ベルさんは助手席前の猫用専用シート、ディーシーは相変わらず後ろに乗ったままである。


「凄い、動いた!」


 アーリィーが歓声をあげた。町の入り口から見える範囲で魔力自動車は走る。ハンドルをきって右へ左へ。


「自動で動くから自動車なんだ!」


 などと当たり前といえば当たり前のことをアーリィーは口にした。


 馬などもなしに動く車に驚く彼女だが、その目はキラキラと輝かいていた。未知の体験がお好きなご様子である。怖がらずに楽しんでくれているようで、俺も嬉しいよ。


 などと5分程度乗り回して、アーリィーの自動車体験は終了。


 町に戻ると、ギャラリーが増えていた。


 ブルト隊長にオリビア、そしてアーリィーの従者たちも様子を見ている。他には町の住人も。


「ありがとう、ジン。楽しかった。また乗りたいな!」

「今度は遠くまでドライブしようぜ」


 ご機嫌な俺たちだけど、ブルト隊長は苦笑し、オリビアは眉をひそめていた。


「殿下、乗り物に乗る際は、前もって我らに言ってくださりませんと!」


 オリビアが悪戯を叱る母親みたいな顔になる。


「ジンの乗り物だよ? 大丈夫だよ」

「しかし、初めての乗り物です! 万が一があったら――」

「いまさら、ジンがボクを害するようなことはしないよ」


 害するつもりなら機会はいくらでもあった――アーリィーは、ちゃんと判断して決めているのだ。


「まあ、しょうがねえよ。心配するのが近衛の仕事だからな」


 ベルさんが、オリビアをからかうように言った。ストレージに自動車をしまい、本日のご予定の確認をしよう……と思ったら――


「主、ポータルのほう」


 ディーシーが町の一角を見ていた。


「……ヴォードさんたちだな」


 王都冒険者ギルドのギルドマスターとサブマスターがいた。二人は、外装はできているギルドの建物を見やり、何事か話し込んでいる。


 ここからでは距離があって聞こえにくいが……。


「大方、一夜で建物ができていて驚いているんだぜ」


 ベルさんの言葉が、たぶん正解だろうな。


 二人は俺たちに気づいたのだろう。足早にやってきた。


「おはようございます、殿下」

「おはよう、ヴォード殿。それとラスィアさん」


 アーリィーが王子様スマイルで応える。王都ギルドの二人は続いて俺たちを見た。


「もう、建物ができているんだが?」

「外側だけは。中の備品やら必要なものはそっちで運び込んでください」


 しれっと俺は言った。大したことではないと態度で示そうとするが、内心では口がムズった。さながらドッキリを成功させて反応を楽しむがごとく。


 近衛騎士や住民たちが、夜のうちにできた建物に関して驚いていないのを見やり、ヴォード氏は一度口を閉じた。


 この町の人たちは、今の町の建物の大半が俺とディーシー、そしてアーリィーの魔力で生成されたことを知っているからね。


「では、こちらもギルドとしての機能が利用できるように作業を始めていく」


 ヴォード氏は頷くと、ラスィアさんに指示を出した。ダークエルフ美女のサブマスターは、さっそくギルドへと戻っていった。


「話は変わるが、ボスケ大森林に行くのはいつだ?」


 ギルドマスターとして、現場視察をしておきたいと以前言っていた。俺たちはいつでもいいが、アーリィーも行きたいと言っていたんよね。俺に弟子入りして魔法の腕を上げたいって目的があるのだ。


 俺がアーリィーを見れば、彼女は頷いた。


「じゃあ、今日出かけよう。装備をとってくる!」


 アーリィーが領主屋敷へと駆けていく。まるで遠足を待ちきれない子供みたいだ。従者たちも慌ててそれについていく。


「殿下がここまで積極的になられるとは……」


 ブルト隊長が目尻を下げている。王子付きの護衛として、かなり長いらしいブルトである。子供の成長を目の当たりにしているといったところか。


「では自分も」


 ヴォード氏がギルドへと引き返した。冒険者としての装備を持ってくるのだろう。


 さて、それじゃ、俺らもやっておくか。


「ディーシー。リフトカーをさっそく試そう。生成してくれ」

「リフトとは言ったが、車にするとは一言も言っていないんだがな」


 などと言いつつ、ディーシーは、召喚魔法を使うように、ダンジョンで見かける足場――浮遊するリフトを作り出した。


 ブルト隊長や近衛騎士たちは驚いてはいるが、これまでもディーシーが魔法を使うところを見ているので、劇的な変化はない。


 フル装備の人間5、6人が乗れるくらいの大きさがある。そして今の時点で地面から30センチくらいのところを浮かんでいる。


「ジン殿、これは?」

「乗り物です」


 俺は真顔でブルトの質問に答えた。

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