第69話、初飛行


 魔力生成ってのは凄いものだ。


 ダンジョンコアが、魔力を使って魔獣やトラップを瞬時に生成する。それを機械に応用すれば、瞬く間にエンジンができて、飛行機の形もできてしまうんだから。


 生物の複雑な体の機能や構造まで作り出せてしまうことを考えれば、個々の機械を作るほうがまだ簡単なのかもしれないな。


 とはいえ、俺が作り出そうとしている航空機について、ディーシーは知識がない。異世界の技術なのだから仕方がないが、彼女は飛空船やそれに用いられた機械の技術は記憶している。関係している技術については応用することは可能だ。


 俺が引いた線に従い、ディーシーにレシプロ航空機を生成してもらう。


 内部のメカと各種機能をつなぎ合わせるのは、俺が線を引いた時点で対応。設計が終わり、いざ生成すれば試作1号が完成した。昔、友人とラジコン飛行機を作ったのを思い出した。


「……夕方だなぁ」


 地下秘密基地の地上部分――飛空船の着陸ゾーンは森を切り開いたため、ちょっとした空き地となっている。


 そこでとりあえず飛ばしてみよう。


「おっ、何だ何だ?」


 狩りに行っていたベルさんが帰ってきた。


「ゼロ戦」


 俺はレシプロ航空機のコクピットに乗り込んで準備中。


「ゼロセン?」

「レイセンともいう」


 零戦――零式艦上戦闘機。俺のいた世界じゃ、レシプロ戦闘機というと何故かゼロ戦とかいう認識がまかり通っていたりする。


 ゼロ戦でもないのに全部ゼロ戦と思っている一般人の多いことよ……。


 なお、俺が『ゼロ戦』と言ったのはジョークの類いで、この試作1号は別に零戦を模しているわけじゃない。


 単葉機ではあるが、材質は木製だし、足も引き込み脚じゃないしな。最初の型、タイプゼロ、ということに引っかけているだけ。


 うん、こいつの名前を『零式試作戦闘機』とすれば、ゼロ戦でも通るかな?


 閑話休題。


「見とけよ、こいつで空を飛ぶ」

「ほう、空を飛ぶ乗り物か。前に手に入れた古代文明の飛行機とは随分形が違うんだな」


 ベルさんが軽い調子で言った。


「……」


 そう、俺たちは以前、古代文明の小型飛行機を手に入れて使っていたことがある。英雄魔術師時代の話だが、大帝国との戦いで失われた。


 ただ、この話をすると――ディーシーが苦渋に満ちた顔になる。


 あの時、ディーシーがあの飛行機を構造解析していれば、航空機の生成もできたんだけどね……。


 彼女が今ほど機械の構造解析に熱心ではなかった頃があった。というより、機械について敬遠していた節もある。そこはこの世界のダンジョンコアだから、ある意味自然なことだったかもしれない。


 だが貴重な古代文明時代の飛行機は失われた。再現は不可能だった。せっかく機会があったのにそれを逸してしまったことは痛恨の極みであり、今、彼女を解析魔にしてしまった原因にもなっている。

 ……まあ、過ぎてしまったことは仕方ない。


 俺はエンジンに火を入れる。スイッチひとつで動くとか、異世界技術は中々優秀だ。


 なお俺の飛行経験は、元の世界ではないが、この世界では先の古代文明の飛行機を操縦した時の数十時間がある。


 バリバリと音を立てる大帝国製レシプロエンジン。飛空船用のものを縮小、小型化したものをでっち上げたわけだが、これが中々馬力がある。


 フラップ、その他テスト。ちゃんと動いているかを目で確認。機体、各部異常なし。コクピットキャノピーをスライドさせて閉鎖。騒音が少しだけマシになった。


 航空機用の車輪止めを外すように合図。ディーシーが魔法で車輪止めを外したのだろう。機体がゆっくりと前へと進み出した。


 緊張の一瞬。久しぶりに操縦桿を握り、ワクワクしてくる。


 普通の飛行機なら浮かび上がるための揚力を得る速度になるまで滑走路を走る必要があるが、ここは切り開いたといっても森の中。そうそう広い滑走路などない。


 だが、こいつには浮遊石が積んである。浮遊石のスイッチを押して、バーで調整すれば機体は浮かび上がるという寸法だ。空に浮かんでしまえば滑走距離などあってないようなもの。墜落しないのだから、そのままエンジンの出力を上げて前進すればいい。


『おお、飛んだな!』


 ベルさんの念話が届いた。この機体に無線機の類いは装備されていないので、やりとりは自然と魔法になる。


「飛んだ! 飛んだ!」


 古代文明の飛行機は元からあるものを飛ばした。だが今回は自分たちで設計し、実際に飛べた。血が沸き立ち、自然と気分が高揚した。


 速度も順調に上がっている。俺は操縦桿を倒して、ゆっくりと機体を旋回させた。飛び立った空き地の上空に戻ってくる。機体を傾けて地上を見れば、ベルさんとディーシーの姿が見えた。


 しかし、夕闇が迫っているから、場がかなり薄暗くなっている。地上に正規の滑走路や照明がないので、このままだと真っ暗で見えなくなってしまうだろう。


 まあ、暗視の魔法があるから、むしろ照明がないほうが目を痛めず降りられるんだけどね。


 とはいえ、まだ飛行機の形をしているだけの代物だ。本当に飛行に適した形かどうかは手探りであり、機体の強度についても不明な点が多い。だから派手な機動はできない。


 浮遊石があるから最悪、強度不足で翼が折れようが墜落はないけど、いきなり落とすのも縁起が悪い。


 軽く上空を三周。右旋回、左旋回、上昇、下降を試すが、問題はなかった。


「でもやっぱ、古代文明のやつより鈍いし重いな」


 もっとも、あっちはレシプロではなくジェットエンジン的な推進装置だったから、これと単純な比較もできないけど。挙動が重いのは、翼やフラップの形状の問題かな?


 調整が必要だ。そもそもこれら航空機の運用は、空の脅威であるワイバーンを追い払うのはもちろん、やがては大帝国の飛空船への攻撃にも用いられることになるだろう。


 つまりは武装を搭載して、それに耐える強度も試さないといけないわけだ。


 やることは山積みだが、これはコピーコアやシェイプシフターに操縦を教えて、細かくテストして試行錯誤していく。


 さて、そろそろ基地に戻ろう。エンジンの出力を落とし、ゆっくりと着陸ゾーンへと降下していく。


 エンジンのパワーを最低限にまで絞る一方、浮遊石の効果をアップ。機体を惰性で進ませつつ、揚力がなくなって墜落しないように操作。


「浮遊石を使えば、レシプロ機なのに垂直離着陸もできるな」


 最悪、空中で停止して、浮遊石で降下すれば……いや、風で流されるかもしれないな。やっぱ微速でも進みながら降りるのが正しいか。


 しかし広大な滑走路を必要としないのは、森の中の秘密基地には打ってつけではある。


 地上スレスレまで降りる頃には、速度はほとんどなく、そのまま機体はタッチダウン。


 俺は自然と止めていた息を吐いた。額には汗が浮かんでいて、緊張していたのを自覚する。


 やっぱり着陸の時が一番神経使うよな。エンジンを切り、キャノピーをスライドさせる。……うん、外の空気がうまい!


 記念すべき試作1号機の初飛行は無事に終了した。ディーシーに機体の状態をチェックしてもらい、破損や構造に問題がないか確認する。


 後は試験を繰り返し、改良を加えて仕上げていくことになる。

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