第66話、片羽では飛べぬ


 フメリアの町にワイバーンが襲来。


 ドラゴンによく似た、しかしドラゴンとは違う生き物。頭はドラゴン、腕はなく竜の翼となっている、いわゆる飛竜だ。


 翼を広げた幅は一〇メートル以上はある。バッサバッサと音がしそうな羽ばたきは、中々ダイナミックなものがある。


 それがこんなところに飛んできた理由はわからないが、ここに人がいるのを見た以上、獲物と見て襲いかかってくるだろう。


「だが、ここに来たのが運の尽きってやつよ!」


 エアブーツ――俺の履いている魔道具靴で浮遊とジャンプ能力を強化。窓枠を蹴り、三階から飛び降りる。


 ワイバーンが旋回して町に再び差し掛かる。建物やその陰に逃げる住民たち。


 ……この町、防空設備ないんだよな。


 ああ、くそ。近衛騎士はともかく、ゴーレムなども置いてみたが、ワイバーン相手は荷が重い。空への対策も考えないとな。


「ジン殿!」

「ジン!」


 オリビアとアーリィーの心配の声を背に、俺は前へと出る。


 翼を羽ばたかせて飛ぶワイバーンの姿がみるみる大きくなっていく。明らかにこちらに気づき、襲い掛かってくる構えだ。


「そうそう、こっちへ来い!」


 軋むような咆哮を上げて、突っ込んでくる。さすがデカいねぇ……。


「空を飛ぶ生き物であるワイバーンは、翼が二枚あるわけだが――」


 俺はじっと、やってくる飛竜を眺める。


「空中を自在に飛ぶには翼が必要で、その翼に必要以上の負荷が掛かれば、その機動は大きく制限される」


 ウェイトアップ――奴の重量が急激に重くなったら? 飛行中に許容範囲以上の重量が加わったら。


「いや、もっと簡単だ。二枚の翼が必要なわけだから、その片方が例えば石のように重くなったら……?」


 ワイバーンの右の翼に、急激な重さがかかった。翼への力加減が変化し、飛竜は戸惑い、空中でバランスを崩した。まるで右側から引きずり込まれるような体勢になったワイバーンはもつれるように地面めがけて墜落した。


 ズシンと震動と衝撃。土が跳ね、右の翼から落ちたワイバーンはその翼を折ってしまう。哀れ、狂ったようにその場でもがいている。

 もはや飛ぶことも叶わず、立つこともままならない。……介錯してやる。


 魔力を右手に集中。頭の中で、魔法の形を想像。ばちっ、と右手で稲妻が爆ぜた。最小範囲に紫電の一撃を。


「サンダーボルト……!」


 右手をワイバーンの頭部に向けて、まとった魔力を雷の一撃として放つ。まばゆい閃光が走ったのは一瞬。分厚い皮膚と肉を突き抜け、頭を穿かれたワイバーンは絶命した。


 襲撃者が大地に身体を横たえて動かなくなると、近衛や住民たちが「おおっ!」と声を上げた。


「すげぇ! ワイバーンをやっつけた!」

「ワイバーンをあんな簡単に……!」

「凄い! 魔術師様!」

「いったい何をしたんだ、ジン殿は。ワイバーンがいきなり落ちたが」


 周囲も驚きを隠せないようだった。オリビアもアーリィーと顔を見合わせる。


「何だか、慌てた私たちが馬鹿みたいに思えてきました」

「ジンだからね。さすがだよ」


 アーリィーはキラキラした目で俺を見つめてくる。よせやい、照れるぜ


 さてさて、思いがけないモノが転がり込んできた。ワイバーンは確かBランク相当の魔獣だったはずだ。


 純粋な竜種に比べるとやや落ちるとはいえ、なかなか希少な素材である。せっかく倒したのだ。このまま放置するのももったいない。



  ・  ・  ・



 俺が撃墜したワイバーンを町の人々の協力のもとに解体していたら、ポータルを通って、ヴォード氏とダークエルフ美女がやってきた。……確かラスィアさんという名前だ、ダークエルフは。


「これは……ワイバーンか」


 驚くヴォード氏に、俺は手を振った。


「どうも。意外と早かったですね」

「うちのラスィアが町を見学したいというものでな。さっき来た時は、こんなものはなかったはずだが何があったんだ?」

「見ての通り、ワイバーンの襲撃です。まあ、終わりましたけどね」

「そのようだな。――殿下」


 やってきたアーリィーに、ヴォード氏は背筋を伸ばした。


「ご苦労様」

「そのお召し物……もしや、殿下もワイバーンと――」


 野外用ポンチョに武器を持っているアーリィーを見て、ヴォード氏は言った。アーリィーは首を横に振る。


「いや、ボクは何も。ジンがひとりでやっつけっちゃったから。犠牲が出なくてよかったよ」


 ヴォード氏とラスィアさんの目が俺を見た。王子殿下の言葉に嘘はないよ。とりあえず、肩をすくめてみせる。


「聞けば、ギガントヴァイパーも、彼が倒したとか」

「そうなのかな。ボクは見ていないからわからないけど、たぶんそうなんじゃないかな。ボクの知る限り、最強の魔術師はジンだと思う」


 恐れ入ります。……すいませんねぇ、Fランクで。


「それで、話は決まったのかな?」

「はい、殿下。王都スピラルの冒険者ギルドはルーガナ領の申し出を受けさせていただきます」


 ヴォード氏は胸に手を当てて言った。今後、共に協力しながらやっていきましょう、というわけだ。


 うん、めでたい。ルーガナ領を盛り立てるために弾みがつくだろう。


 喜ばしいことではあるのだが、俺には気がかりがひとつ。ついさっき飛来したワイバーン。いわゆる空の敵に対する備えがない。

 そもそも、この領ではワイバーンは珍しいのか、そうではないのか。


 どちらにせよ、対策は必要だ。どのみち大帝国に対抗するために空の戦力は欲しいと思っていたところだから。


 早々に取り組むべきだろうな、こいつは。

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