第64話、魔術師になりたい


 ポータルを通って王都の冒険者ギルドに戻った。


「よっ」


 ベルさんが待っていて、出されたお茶を飲んで優雅にくつろいでいた。人間形態だとイケ親父風だからか、やたら絵になるんだよなぁ、この人。魔王様の隠しきれない気品。


「話はどうだった」

「うまくいったと思うよ」


 俺はヴォード氏を見やる。


「これから、職員たちを集めてルーガナ領のことを話す。お前たちはどうする?」

「すぐにどうこうという話じゃないでしょうし――ルーガナ領に行ってます」


 たぶん俺たちが持ち込んだモンスター解体も、まだやってるだろうし。買い取り金は後日取りにこよう。


 そんなわけで、ベルさんと合流したら、ポータルでとんぼ返り。そしてまた領主館に戻る。アーリィーにヴォード氏を見送った報告である。


「ジン! どうだった!?」


 先ほどの王子様は、いつものアーリィーに戻っていた。素を出していると思えば、悪い気分じゃないけどね。


「これから話し合いだってさ。手応えはあった。うまく行くよ」

「そう。よかった」


 ホッと胸をなで下ろすアーリィー。少ないとはいえ領民たちに仕事ができて、自立するために前進できたことに安堵したのだろう。


「これからどうしようか?」

「まずは予定どおり冒険者を呼び込む。ボスケ大森林で人を呼び込み、さらにこの地域の特産品――今はコバルト製品だな。それを利用して経済を回す」


 つまり、一種の町おこし。まともな町がフメリアの町しかないが、経済が回り、町が発展すれば人が増え、領民も増える。


「幸い、もっとも人が集まる王都とのパスを繋げた。しかも一攫千金を夢見る冒険者たちが、王都からでもすぐに行けるボスケ大森林のレアモンスター狩りに飛びつかないはずがない」

「じゃあ……」

「うん。そんなやってくる人たちのための施設を充実させることを当面、ルーガナ領はやっていく。いずれは商人が、王都とのパスの有効性に気づいて、進出してくるだろうから、そうなったら発展も加速するだろうね」


 だって、ルーガナ領と王都間が安全かつ瞬時に移動できるのだ。輸送コストが超安上がりでその分儲けに回せるのだから、商人が放っておくはずがない。


「ということで、今やっている路線を進めつつ、冒険者たちを呼び込むために、ボスケ大森林でレア魔獣狩りをする」


 これ見よがしに、王都冒険者ギルドで解体してお金を得れば、冒険者たちも目が覚めるだろう。名付けて、羨ましがらせる作戦。


「あのさ、ジン……」


 アーリィーが改まった。何ぞ……?


「ちょっと相談したいことがあるんだけど」

「伺いましょう」


 俺は頷くと、アーリィーはためらいがちに、上目遣いを寄越した。


「前に、ボクに魔力の泉という能力があるって教えてくれたよね……?」

「教えた。正直、今でも羨ましいと思ってる」


 これは本音。俺もそういう魔力の回復が早い魔力の泉スキル欲しかった。


「偉大な魔術師になれるかもって……」

「言った」


 魔力の回復が早い。魔法を連発しやすくなる。それは才能だ。


「ボクに、魔法を教えてくれないかな……?」


 その上目遣いは反則だ。王子様の格好したって女の子なんだから、もうね。俺、不整脈になりそう。


「ボクもジンみたいに魔術師になりたいって……ダメかな」


 君、王子様だよね。思わずそう突っ込みそうになるが、王子様が魔術師ではいけないという理由はない。


 姫騎士とか、この世界じゃ実在するしなぁ。王族が武術や魔術を嗜むのは、むしろ普通だ。


 自分が役に立てないことに歯がゆい思いをしているアーリィーのことだ。彼女が何か秀でたモノを獲得すれば、それは自信に繋がるのではないか。


「わかった。お互い仕事もあるし、それに被らない範囲で教えるよ」

「! ありがとう、ジン!」


 アーリィーが明るい笑顔を浮かべる。本当に嬉しそうで、俺の胸の奥がズンと衝撃を受けた。思わず息を吞んだ。


 いい……。



  ・  ・  ・



「と、いうわけで、ボスケ大森林に狩りに行きます」


 俺は傍らのアーリィーの肩を叩いた。


 ブルト近衛隊長、オリビア副隊長が目を剥いた。


「まさか、殿下も同行されるので……?」

「うん。ボク、ジンの弟子になったんだ」


 アーリィーは言った。弟子という感覚はなかったのだが、教えるとなるとそうなるのか。俺はちょっと複雑な心境。


「ジン殿?」

「アーリィーには優れた魔術の才能がある。その素質を伸ばすことは、かのじ――」


 ゲフンゲフンと、ブルト隊長がわざとらしく咳払いした。やべぇ、俺もアーリィーのことを『彼女』と口走るところだった。


 オリビアはアーリィーの本当の性別のことを知らない。その副隊長はブルトのそれにビックリして意識がそちらに向いていた。セーフセーフ……。


「ボクは魔法騎士学校の生徒だ」


 アーリィーが言った。


「でも、実戦経験が豊富なジンから教えを受けたい。お飾りの授業じゃなくて、本格的な」


 ……アーリィーって魔法騎士学校とやらの生徒だったのか。へぇ、王子様が学校の生徒ねぇ。まあ、彼女が現場に出たいという理由にはなるか。


「しかし、殿下。危険です!」


 オリビアが大きな声を出した。


「ボスケ大森林地帯は、先の蛮族亜人の集団の例もありますが、相当な危険地帯であります! 実戦経験も大事ですが、殿下には将来がございます。万が一がございましたら――」

「そんときゃ、ジンが何とかするだろう」


 話を見守っていたベルさんが口を挟んだ。


「この国の王様は王子様を死地に平気で放り込んだんだ。これからもそれがないって言えねえだろ」

「……」


 その言葉は、室内の空気を冷え込ませた。アーリィーは実の父親から死んでこいと同義に送り出され、近衛騎士たちもそれを理解しているから何も言えない。


「自分の身を自分で守れるようになりたいって言うんだろう。いいことじゃねえか」


 独り立ちするまでは、周りに迷惑をかけまくることになるけどね。だが成長しようという気持ちがあるなら、応えてあげるが大人というものだ。迷惑かけずに大人になる奴なんていない。


 俺はやる気のある人は応援したい主義なんだ。


「まあ、王子様の身を守る装備でガチガチにかためれば、近衛としても文句はないでしょ」


 俺は静かにそう言った。

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