第63話、ヴォード氏、アーリィー王子と会談す


「よくきてくれたね、ヴォード殿。直接話すのは初めてだと思う。ボクはアーリィー、このルーガナ領の領主だ」


 領主館で、アーリィーは王都冒険者ギルドのマスターを迎えた。


「はっ。王子殿下に置かれましてはご機嫌麗しゅう――」


 ヴォード氏がその場に片膝をついた。巨漢のSランク冒険者のその行動に、しかし少女らしい顔立ちの王子様は動じることなく頷いた。


「ドラゴン討伐の戦功を祝う会以来かな。貴殿は客人だ。楽にしてくれ」


 ……やば。俺、ここまで王子らしい姿のアーリィーは初めてかも。


 さすが王子様。この手の挨拶はお手のものということか。伊達にこれまで男子を演じていたわけではないか。


 会議室にて、アーリィーはヴォード氏と会談した。俺は両者の間に控えて、話し合いを見守った。


 領内の治安維持――モンスターの間引きを冒険者たちに頼みたいこと。これは住民たちが自らの生活費を稼げるようにするための事業であり、出張冒険者たちに直接給料が出るわけではないが、拠点としてフメリアの町が使えるように便宜を図ると告げた。


「こちらであまり優遇してしまうと、王都のギルドやそれに関係する商売人たちが損をしてしまうからね。王都とルーガナ領の行き来がすぐであるのは、移動の利点だけに留めておきたい」


 つまりルーガナ領で仕事をしたほうがお得としてしまうと、これまで王都で稼いでいた人たちにお金が回らなくなるから、やりません、ということだ。


 ルーガナ領では冒険者は医療費、宿泊費が安くなりますよ、とかやってしまうと、王都でそれらの仕事をしている人たちはルーガナ領に客を取られて損をしてしまう。


 また、ルーガナ領の特典だけ利用して、何の寄与も還元もしない者も出てくるだろう。そうなればルーガナ領としても損だし、全体的にみて悪手となりかねない。


「どちらを利用するかは、冒険者に委ねるようにしたい」


 出先であるルーガナ領を利用してもいいし、フメリアの町から数分で帰れる王都の馴染みの店などを利用するのもいい。それが一番、多くの人が大きく損をしないやり方だと思う。


「なるほど。殿下のお考え、承知いたしました」


 ヴォード氏は頷いた。王都冒険者ギルドとしては、仕事が回せないことで他所に冒険者が流出するのは避けたい。ルーガナ領には仕事はあるが、規模や設備が充実している王都への行き来が用意なら、冒険者たちもわざわざ拠点を移そうとは考えないだろう。


 王都をホームにしながら仕事ができて稼げるなら、流出の可能性は低くなる。


「ギルドに戻り、職員たちに話をしますが、おそらく殿下のご意向に添えると考えます」

「ありがとう、ヴォード殿」


 アーリィーはニコリと笑みを浮かべた。……王子様スマイルが眩しい。


「ポータルの利用について、通行税など掛けないつもりでいる。折角の移動手段を通行税のせいで敬遠されても困るからね。王都側でも掛けないようにしてもらいたい」

「心得ました」


 ヴォード氏は力強く頷いた。たぶん、彼の本音としてはルーガナ領のほうが通行税を持ちかけてくるのでは、と警戒していたに違いない。


 瞬時に移動できる転移門というだけで、破格である。多少の通行税を掛けたところで、町から町へ移動している商人たちからしたら、よほどの価格設定でなければ安く済む。


 だが冒険者たちには、この手の税金は損をしているという感覚が強く敬遠しがちだ。たぶんヴォード氏も、通行税をとらないと聞いて安堵しているんじゃないかな。


「王都側のポータルの利用だけど、誰を通すかは冒険者ギルドで決めてもらっていいと思う。基本は冒険者だけど、もし商人で希望する人がいたら、通してもらっても構わない」

「はっ、承知しました」

「それ以外については、相談してくれると助かる。不明な点はお互いに話し合って決めていこう」


 アーリィーは、ちらと俺を見た。


「それで、ひとつ提案があるんだけど、いいかなヴォード殿?」

「何なりと」

「フメリアの町のポータルの周りに冒険者ギルドの施設を建てたいと思うんだ」

「……ギルドですか」


 ヴォード氏は怪訝な顔になった。消えかけていた警戒心がもたげたのだろう。


「あくまで王都冒険者ギルドとしてだね。フメリアの町の冒険者ギルドとしてではない」


 アーリィーはきっぱりと言った。


「王都側ではギルドの職員が見ているだろうけど、こちら側は誰が通ってくるかわからないでしょう? ギルドのスタッフがこちら側のポータルを見ていれば、そちらとしても助かると思うんだ」


 いわゆる門番。入国審査みたいなものだ。ヴォード氏は頷いた。


「確かに。ごもっともです」

「建築の費用はこちらで出す。ただの詰め所みたいなものでもいいし、手続きのできるカウンターとかを置いてもらっていい。希望があれば解体場や倉庫も作るよ」


 アーリィーは言った。まあ、これについては俺からの提案なんだけどね。ヴォード氏もここへ来た時に見ただろうが、ポータルの周りは建物もなく、土地が空いている。出張所でも建てられるぞ。


「とてもありがたい申し出です、殿下」


 ヴォード氏は感嘆を露わにしている。


 ギルドとしては、多少業務が増えて人員を増やす必要こそあるが、それ以外についてはルーガナ領が負担してくれる。王都冒険者ギルドの抱えていた問題解決の糸口が見えて、いいことづくめだった。


「ルーガナ領の発展のためにも、殿下のご意志、しかと承りました!」

「うん、期待している。ヴォード殿」


 会談は和やかな雰囲気で終了した。



  ・  ・  ・



「よい成長されたようだ。さすが次代の国王だ」


 ヴォード氏はそんなことを言った。


 領主の館を出て、一度王都冒険者ギルドに戻ることになった。ベルさんを待たせているしな。俺とヴォード氏は町の間を抜けて、ポータルへと向かう。


「アーリィー殿下は、ここ最近あまり表に出られない方だった。一時は病弱説も流れていたのだが……」


 ヴォード氏は感慨深げな顔になる。


「相変わらず線が細いのだが、しっかり領地経営をなされている。将来が実に楽しみだ」

「そうですか」


 アーリィーが褒められるのは俺も嬉しい。……どうしてかな。彼女との付き合いは長くない。俺はアーリィーを気に入っているんだけど、ここまでの気持ちにさせられるのは不思議である。


「王族だから、もっと上から来るものだと思っていたが、あくまで冒険者に選択権があるというのがいい」


 ヴォード氏は俺に言った。


「上流階級からすると、冒険者というのはアウトローなイメージが強いからな。やたら下に見られるのだが普通なのだが……。オレは殿下を推したいな」


 王子殿下に対して好意的な評価のようだ。今後の王都とルーガナ領の付き合いを考えれば、大変望ましいことと言える。


 声をかけてよかったな。

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