第60話、モンスターの大量持ち込みの件について
「こ、これは、まさか!」
眼鏡の男性職員は、俺がストレージから出した、ギガントヴァイパーの首を見て驚愕した。
俺とベルさんは顔を見合わせて肩をすくめる。
「なんて巨大な大蛇だ。この形、この大きさ! 確かに、ギガントヴァイパーだ!」
解体場にいた他の解体職員たちの手が止まる。皆が突然現れたSランクモンスターの首に釘付けになる。
「これを君たちが仕留めたのか?」
「ええ、そうです」
男性職員が大蛇の生首を見ながら聞いてきたので、俺は認める返事をする。すっかり職員たちが集まり、ざわついていた。
「すげぇもん持ってきたな、あんた」
がたいのいい職員に声をかけられた。
「冒険者ランクは?」
「F。最近、登録したばかりでね」
「Fランク!? 嘘だろう!?」
別の意味でざわめきが起こった。まあ、その反応は予想していたよ。
「最近登録したと言った」
暗に初心者ではないと含めたつもりだが、伝わったかな? ヴァイパーを検分している眼鏡の職員が台から降りてくる。
「私はソンブル。ここの責任者だ。君は?」
蛇の鱗を触った手で、俺と握手してくる。
「ジンです。ジン・トキトモ」
「傷みの少ない素晴らしい状態だ。ジン君、ちなみにあるのはこれだけか?」
「胴体ですか? ありますよ。他にもハンマーエイブ、ソード・ウルフ、オーガとかいっぱい――」
ええっ、と周囲がさらにざわめいた。しかしソンブルと名乗った眼鏡の職員は、構わず言った。
「こちらとしては、これらの素材を買い取りたいのだが」
「ええ、もちろん。よろしくお願いします」
目的のひとつは果たした。聞かれなかったけど、他所で倒したものでも収入になるようだ。
「よし、諸君!」
ソンブルは声を張り上げた。表情は相変わらずだが、受付にいた時と違い、声にかなりの力が入っていた。
「持ち込まれたモンスターを解体するぞ! 手のあいている者から作業にかかれ!」
「はいっ!!」
職員たちも声に力がこもった。俺はストレージからギガントヴァイパーの胴体や、回収したモンスターの死骸を次々に出していった。
初めは闘志剥き出しで作業にかかるつもりだった職員たちだったが、次第に呆然とした表情になっていった。
想像よりも解体するモンスターの数が多かったからだ。
・ ・ ・
「お前か。ギガントヴァイパーを持ち込んだ冒険者というのは?」
その男は堂々たる体躯の持ち主だった。いかつい大男。これが鎧など着込んだら、見た目だけで敵を威圧できそうだった。
「王都冒険者ギルドのギルドマスターのヴォードだ」
「どうも、ジン・トキトモです。こちらは相棒のベルさん」
俺たちは、ギルドの談話室にいた。冒険者と職員がお話するための部屋だ。解体場にモンスターを預けたら、ギルドの職員がきて俺たちをここへご案内したというわけだ。
大方、Fランク冒険者が身の丈に合わない戦果を引っさげて解体場を騒がせたことについてだろう。
「お噂はかねがね……」
「オレの噂?」
ヴォード氏は鋭い視線を向けてきた。Sランク冒険者の眼光だ。ドラゴンスレイヤーの異名を持つ男だと、近衛のブルト隊長が言っていた。
「ジン、お前はFランクだそうだが――」
ヴォード氏は、控えていた秘書然とした女性から書類を受け取った。
艶やかな黒髪、真紅の瞳を持つ美女だった。俺の心臓がドクリと跳ねる。見惚れるほどの美人だ。そして髪の間から尖った耳が覗く。……エルフ、いや肌の色からしてダークエルフである。
黒いギルド制服をきっちり着こなす彼女は、できる秘書感が半端ない。
「――まだ登録からクエストを一度も果たしていない」
ヴォード氏の声に我に返る。
「遠出していましたから。この辺りの依頼はまだやっていないんですよ」
「ほう……。遠出ね」
ヴォード氏はテーブルに紙を置いた。取り調べの空気である。
「ギガントヴァイパーをどこで倒したかをまず聞こうと思ったのだが……。その口ぶりからすると、王都近辺ではない?」
「ええ、王都の近くではありません。ルーガナ領です」
その名を出した途端、ヴォード氏の眉間にしわが寄った。
「ルーガナ領? 反乱が起きた場所か」
「そうです。ちなみに、その反乱騒動は決着が着きました。アーリィー王子殿下率いる討伐軍が反乱軍を討ち滅ぼしました」
ほう、とヴォード氏は椅子にもたれた。
「討伐軍は、反乱軍に負けたと噂を聞いたが……」
「最初の討伐軍はひどい惨敗でした。第二次討伐軍が編成されて、俺らもそれに参加しました」
「なるほど。ルーガナ領に行っていたから、ここでの依頼はまだやっていなかったか」
「冒険者になる前は、傭兵もやっていたので」
「傭兵か。なるほど、まったくの素人ではないわけか」
ヴォード氏はそう言うと、視線をベルさんへと向けた。
「そちらの御仁。かなりの腕利きとみた。ギガントヴァイパーを仕留めたのはあなたか?」
人間形態であるベルさんだが、ヴォード氏はそれを見て、実力者と看破したようだった。さすがSランク冒険者。……でも、俺は? ジン・アミウール時代は俺もSランク冒険者だったんだよ?
「隠すつもりはないが、わかるか」
ベルさんが腕を組みながら苦笑した。
「いかにも。異国ではSランクの冒険者でならした口だ」
「やはり!」
「だがな、ギガントヴァイパーを仕留めたのはオレではなく、こいつだ」
俺を指さすベルさん。ありがとう、ベルさん。正直に言ってくれて。ヴォード氏はピクリと眉を動かした。
「ジンが?」
「凄腕の魔術師だ」
ニヤニヤとした顔でベルさんは言うのだ。よせやい。こっちまでニンマリしちまうぜ。
「そうだ、ジン。あの話をしちまえよ。せっかくギルマスと顔を合わせたんだ」
「あの話とは……?」
キョトンとするヴォード氏。俺は頷いた。
「ルーガナ領を治められるアーリィー王子殿下の意向でもあるんですがね……」
ここで話してしまおう。せっかくの機会だ。
「――ルーガナ領には、冒険者ギルドがないんです」
「はっ?」
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