第49話、ルーガナ領の顛末
ヴェリラルド王国王都スピラーレ。王城であるモーゲンロート城では、エマン・ヴェリラルド王が、討伐軍から帰還したブルト近衛隊長と会っていた。
「……何と申したか?」
「はっ、アーリィー殿下率いる討伐軍は、反乱軍本拠地フメリアの町を制圧いたしました!」
ブルト隊長は、きっぱりと王座の間全体に聞こえるように告げた。集まっていた王の臣下たちから驚きの声が漏れた。
「それがわからぬ。たしか、途中のメズーロ城が反乱軍の手に落ちたと報告を受けておる。そこはどうなった?」
迂回したのか? 王の問いに、ブルトは片膝をついたまま答えた。
「はっ、メズーロ城は攻略いたしました」
「……」
――城攻め!
――攻略!
周囲がざわめく。不可能だ、と声が出る。
当然だ。堅城として知られるメズーロ城が、そう容易く陥落するはずがない。ましてアーリィー王子の手元の兵力など、あってないようなもの。とてもメズーロ城を攻略するなど不可能だった。
「どのような手を使ったのだ?」
「はっ、通常の手段ならば攻略は不可能。しかるに同行した魔術師が大魔法を行使し、城を、完全に破壊いたしました」
「はあ?」
「大魔法で破壊? 城を破壊!? 嘘を言うな!」
「あり得ない!」
周りが非難げに叫んだ。エマン王は、それらを煩わしいとばかりに手を振って抑えた。
「城を破壊したというのは、まことであるか?」
「はっ、誓って。相違ございません」
「騎士を送って確認させるがよいな?」
「はい、ご確認ください。メズーロ城は瓦礫の山でございます」
ふむ、と王は肘掛けに肘をついた。ブルト隊長は実直な人物として知られる。彼の言葉には一切の躊躇いがない。信じがたいが、事実なのだろう。メズーロ城を破壊したというのは。
「それで、反乱軍の本拠地……何だったかな?」
「ルーガナ伯爵領、フメリアの町でございます、陛下」
「その、フメリアの町を制圧したということだが、証拠はあるのか?」
「はっ、こちらに」
ブルト隊長は同伴した近衛騎士の持ってきた小箱を提出させた。
「反乱の首謀者、ルーガナ伯爵の首級でございます。ご確認くださいませ」
おおっ――周囲がどよめいた。
反乱軍の総大将の首となれば、その本拠地制圧の報告にも信憑性が出てくる。
「誰か、確認せい」
「はっ!」
エマン王に言われ、臣下のひとりが箱の中身を確認した。彼は王に向かって膝をついた。
「ルーガナ伯爵の首に間違いないかと……」
「ふむ……」
エマン王は黙り込む。彼の許可なくは、基本発言はできないため、皆が王の次の言葉を待った。
「……して、王子はどうしたか?」
「はっ、現在、制圧したフメリアの町にて残敵の掃討に当たられております!」
ブルト隊長の声は、ずっとブレなかった。これもまた事実だろう。
「陛下」
傍らの大臣が小声で言った。エマン王は視線で確認して頷いた。
「発言を許可する」
大臣は一礼すると、視線を臣下のひとりに向けた。その者はブルト隊長を見た。
「伯爵の首を持ち帰ったのは間違いなく、貴殿の発言に嘘はないだろう。しかし解せぬ。王都からメズーロ城、ましてフメリアの町まで往復するには些か早過ぎる。普通に行軍していれば、メズーロ城すら到着していない頃合いではなかろうか?」
確かに不自然である。そもそも不審な点はいくらでもあるのだ。まともな兵力がない王子の討伐軍が、城ひとつを潰し、反乱軍を打ち破って、首謀者を討伐など本当に可能なのか?
もし可能だというなら、それはおそるべき戦争の天才の業ではないか。
「どうなのだ、ブルトよ?」
エマン王の問いに、近衛隊長は答えた。
「今回、王城殿下は傭兵をお雇いになられました。風の傭兵団と呼ばれるその者たちは、異国の者たちながらSランクの冒険者も含む凄腕集団。特に移動を高速で行う魔術師もおり、少数が故に、討伐軍は敵陣深く突撃し、敵将を討ち取ることができました」
――傭兵団……。
――Sランクの冒険者!
またもざわめきが起こる。
なるほど、本当かどうか実際に見ていないから信じ切れないが、もっともらしくはある。
Sランク冒険者ともなると、一騎当千の強者。人間の規格では見られない化け物のような者もいるという。メズーロ城を破壊した魔術というのも、少し信憑性が出てきた。それだけSランク冒険者というのは評価されているのだ。
――そのような者を雇うことができたとは……。
エマン王は顎に手を当てる。それほどの強者ならばぜひ手駒に欲しいところだが、仕官ではなく冒険者というところがまたネックである。このレベルのツワモノとなると、宮仕えよりも冒険と討伐に生きがいを見出すタイプが多いのだ。
「あいわかった。ブルトよ。アーリィーにはよくやったと伝えよ。今回の働きで、前回の失態は帳消しとする」
「ははっ!」
「……それと、王子には今回の働きを評価し、ルーガナ領を与える。異例ではあるが、王子の直轄領とする。以後、治めてみせい」
エマン王はきっぱりと告げた。臣下たちの驚きの中、ブルト隊長は深々と頭を下げた。
・ ・ ・
「いったいどうなっているんだ……」
王都軍の騎士隊長、ザンドーの声を途方に暮れていた。
第二次討伐軍の主力であるアーリィー王子と近衛隊を待ち続けていたが、いまだ合流は果たされていない。
この間、ザンドーは退屈なキャンプを強いられていた。何かトラブルがあってまだ出発していないという可能性を考え、遣いを出したのだが。
「王都にはいない?」
「はい。間違いなく、王子殿下の部隊は我々の後で出発しております!」
「消えたとでも言うのか!?」
王都に出した遣いの報告を受け、ザンドーは乱暴に頭をかいた。
「何故だ!? いったい、どこに消えた!?」
まさか逃亡したのでは――そうだ。そうに違いない。ザンドーはそう判断した。
「王都へ戻る! アーリィーは逃亡した!」
国王陛下にご報告しなければ。
かくて、ザンドーと輜重隊は、王国へと引き返した。
王城に出頭し、アーリィー王子と近衛の蒸発――逃亡を上官に報告すれば、雷を落とされた。
「馬鹿者ォ! アーリィー王子はすでにルーガナ領に向かわれ、反乱軍を討伐したわ! 監視役の貴様が、その任を果たさないとは何たるザマだ! 降格されたくなくば、ただちにルーガナ領に向かい、任務を果たしてこい!」
「は、はい! た、ただちに!」
ザンドーは退散した。どうしてこうなった、と心の中で呟きながら。
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