第48話、勝利と感謝


 勝っちゃった……。


 アーリィーは、溜めていた息をそっと吐き出した。


 夜にもかかわらず、煌々とした明かりが周囲を照らし出していた。無数の蛮族亜人の死体が転がり、死屍累々といった有様だ。


 ゴブリンも大きなゴブリンも、オークも、オーガも。


 あれだけ狂気を含んだ声をあげて迫っていた亜人たちは、肉片を散らし、血を流し、もはや動くことはない。


 暗黒騎士と黒い軽防具をまとう兵たちが、それらの死体を確認している。時々、青い魔法弾が走るのは、瀕死の亜人へのトドメか。


「……!」


 アーリィーは自分の手が震えているのに気づいた。すべて終わったのに。


 ――今になって……。


 怖さが込み上げてきた。勝った。そして生き残ったのに。


 初陣が頭の中をよぎった。反乱軍と討伐軍。本営にいて、戦況を見ているだけだった。将軍たちが指揮を執り、そして負けた。


 敵の新兵器や魔法の前に討伐軍は大敗し、取り残された。


 でも、今回は勝てた。負けたままが嫌で、見ているだけが嫌で、武器を借りて、引き金を引いた。


 敵を倒した。でも本当は怖かった。


 それでも戦い抜けたのは、大砲と魔法銃と、ジンという凄腕魔術師の腕と采配のおかげだ。


 アーリィーは、何度も彼の行動を見た。


 どのような戦況になっても、顔色ひとつ変えなかったジン。その背中は揺るぎなく、必要とあればその卓越した魔法で、敵の前進意図を砕いた。


 経験豊富な風の傭兵団。ジンが如何なる時も平然と自信たっぷりな理由がわかった気がした。


 メズーロ城の攻略、反乱軍本拠地町の制圧。少数だろうと関係なくとられる大胆不敵な行動。そしてそれを必ず成功させる力。


 もし彼が、アーリィーの初陣である、あの大敗の場にいたらどうなっていただろう? ……決まっている。彼は大胆さと魔法で反乱軍を撃破してみせたに違いない!


 彼に巡り会えたことは奇跡だ。


「アーリィー様?」


 傍らにいたオリビア近衛副隊長が心配そうに声を掛けた。


「大丈夫ですか?」


 彼女はアーリィーが戦いに集中していた間、常にそばにいてくれた。自分を守ってくれる人が傍にいる安心感は、どれだけ心強かったか。


「大丈夫、ありがとう。守ってくれてありがとう、オリビア」

「いえ、私など立っているだけでしたから」

「そんなことはないよ」


 彼女は剣と盾を持ち、アーリィーの傍にいた。確かに、今回敵を一体も倒していないだろう。


 だが、もし敵が砦に踏み込んできたら、その剣を振るい、盾でアーリィーを守っただろう。


 そこまで追い詰められなかったと思えば悪い話ではない。むしろ防衛側としたら、近接装備の騎士が戦わずに済んだのは作戦として大成功ではないか。


「それにしても、お見事でしたアーリィー様。敵を討ち取りましたね」

「ボクは隠れて撃っていただけだよ」


 ジンが貸してくれた魔法銃のおかげ。防衛戦に参加はできたが、比較的安全な場所から撃つだけというのは王族としてはどうなのだろう、と思う。


「兵に混じり、共に戦ったのです。立派です、殿下」


 オリビアは背筋を伸ばして、きっぱりと言った。この生真面目な副隊長は嘘は下手だ。だから、彼女が本気でそう思ってくれているのはわかった。


「ありがとう、オリビア」


 そして――


「ジン、ありがとう!」

「ん?」


 大砲のそばで兵と話していたジンが振り返った。アーリィーは笑顔で言った。


「君たちのおかげだ。本当にありがとう!」



  ・  ・  ・



 ありがとう、と王子を演じるお姫様から言われて、俺はこそばゆくなった。


 はて、俺は何かしたか?


 ハッシュ砦で蛮族亜人どもを撃退したが、その過程でアーリィーにも戦わせてしまったからなぁ。


 本当は護身用のつもりで武器を渡したんだけど、彼女はシェイプシフター兵と共に一兵士として戦った。


 勇敢だった。王族を戦わせてしまったのは俺としてはマイナスなのだが、彼女は兵と共に戦う気概を見せた。もっと守ってあげないといけない王子様だと思っていたから、俺からしたら好感なんだよね。


 見たか、連合国のボンクラ貴族ども! 彼女を見習え!


 部下と苦楽を共にする指揮官が好まれるというのはこういうことだ。


 まあ、前線指揮官としてはそう。ただ総大将としてなら、また違う感想が出るんだろうけど。……連れてきたのは俺の判断だ。批判は俺が受け止めよう。


 前衛組が敵の死体確認と、武具や装備品を回収している。その間、砦に置く守備兵力についてディーシーと相談。


 それから一時間ほどして、フメリアの町に帰還。町にはポータルを置いてあったから開けばすぐ! ……なのだから先にアーリィーを帰してあげればよかった。


 町の守備についていた近衛隊も、アーリィーの帰還と蛮族亜人が撃退されたことに歓声をあげて喜んだ。


 夜中だぞ、近所迷惑を考えろ――と思ったのだが、気が気でなかったのは住民たちも同じで大喜びしていた。


 ボスケ大森林からのモンスター群の襲来の意味するところを知っている地元住人たちだから心配だったのも無理はない。


 ともあれ、降って湧いた危機は去った。


 王都に向かったブルト近衛隊長が帰ってくるまで、しばらく時間がかかるだろう。その間に、ボスケ大森林内に魔力収集用ダンジョンを作ってしまおう。


 大帝国への反逆する軍を作るために。


「戦果と言えば――」


 黒猫姿のベルさんが俺に言った。


「今回はどうよ? 蛮族亜人どもの武具は?」

「数百って数だったもんな。正直、半分以上は俺ら攻撃で使い物にならなくなってたけど」


 しかし、使えそうな戦利品は回収した。


 ゴブリンやオーク、オーガの討伐部位もきちんと採ってきたから、冒険者ギルドでの討伐依頼で合致しているものがあれば、お金稼ぎになるかもしれない。


「そういや、ギガントヴァイパーとかボスケ大森林のモンスター素材もあるな」


 これを売れば、やはり資金になるだろう。


 近いうちに、王都ギルドへ行こうと思った。

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