第41話、ルーガナ領の惨状


 ウェントゥス号が戻ってきた。


 ルーガナ領の各集落の偵察、可能なら制圧をベルさんに頼んだのだが、戻ってきた彼は開口一番こう言った。


「全滅だ」

「何だって?」

「ルーガナ領にある各集落は、すでに襲撃された後だった」


 ベルさんの報告に、アーリィーもオリビア副隊長も絶句した。ベルさんに同行したブルト近衛隊長は沈痛な表情で言った。


「盗賊か、あるいは反乱軍の残党が敗北を悟り略奪したのか……。ともあれ、この領にある町や村は、我々が着いた時には全滅しておりました」

「公爵の軍はこの領地から撤退していくのを見た」


 ベルさんが口をへの字に曲げた。


「通りがけに略奪もしていったようだぜ」

「ジャルジー公爵の軍は撤退したの?」


 アーリィーは驚いた。裏で反乱軍に通じていたとされるジャルジー公爵。土壇場で裏切り、しかし大帝国の人型兵器に返り討ちにあった彼とその軍勢。一度後退して態勢を整えるかと思いきや、そのまま帰ってしまった。


 もしかしたら襲ってくるかもと身構えていたアーリィーはホッと息をついた。俺はベルさんとブルトを見た。


「現状、このルーガナ領に俺たちを除けば、軍は存在しないってことになるか?」

「領民もな」


 ベルさんが、チラとウェントゥス号を見た。


「保護できた人間は十人程度。ここまで連れてきたが、他は駄目だ」

「反乱軍はほぼ壊滅しました」


 ブルトは背筋を伸ばした。


「とりあえず、国王陛下に勝利をご報告し、以後の指示を仰ぐべきかと」

「そうだね」


 アーリィーは同意した。


「でも、ここの住民たちを見捨てるわけにもいかない。ボクたちも人数がいないから、後続が来るまで隊を引き上げられないよ」


 後続ね……。


 それが到着するのはどれくらい先になるか。俺は考える。後から来る連中がルーガナ領全体を掌握、そして維持まで考えると、数日でどうこうなるとも思えない。


 しばらくここに留まることになりそうだな。



  ・  ・  ・



「いったいどういうことだ!」


 ザンドーは声を張り上げた。


 第二次討伐軍として、王都軍から派遣された騎士隊長である彼は、輜重兵らと用意したキャンプにいた。


「何故、アーリィーは来ない!」


 王子と近衛は、後から王都を出て、先行するザンドー隊と合流するはずだった。


「まさか、道に迷われたのでは……?」


 部下の言葉に、ザンドーの神経質な顔が歪んだ。


「はあ? 一本道だぞ! 迷うわけがない!」


 街道に沿って少し進んだ程度。よほどの方向音痴で、真逆に出発したのならともかく普通は迷子になるような道ではない。


「あの王子はそのよほどの方向音痴なのか?」


 そんなはずはない。近衛騎士もいるのだ。全員揃って方向がわからない間抜けではない。もし本物の間抜けだったなら、討伐軍敗北後に、王都まで帰りつけるはずがないだろう。


「まさか、まだ王都から出発していないのか?」


 予定と違う行動は控えてもらいたい。


「話が違うではないか」


 ――そもそも待機している連中が、痺れを切らしたら、事態をどう収集してくれるのだ?


 ザンドーは自身に与えられた命令が果たせなくなってしまうことに危機感をおぼえた。連中にどう説明する? 計画が破綻したら国王陛下にどう説明申し上げればよいのか。


「あー、遅い遅い遅いぃっ!!」


 ザンドーは天に吠えた。部下たちは、ヒステリー気味な上官に引いてしまう。


 王都軍の騎士であるザンドーは知らなかった。


 アーリィー王子とその一行は、すでにザンドーらを追い越し、メズーロ城を破壊。ルーガナ領を制圧していたことに。



  ・  ・  ・



 ルーガナ領はボスケ大森林地帯と呼ばれる魔獣テリトリーに隣接している。


「ハッシュ砦?」

「ボスケ大森林との境にある、小さな砦さ」


 黒猫姿のベルさんが言った。


「砦というより、城壁みたいなもんだな。地元連中に聞いたところ、魔獣の森からモンスターがやってこないように、そこに防御拠点が作られたって話だ」

「魔獣の森ね……」


 俺は顎に手を当て考える。


「それはさぞ、魔力が豊富な土地なんだろうね」


 魔獣が活発な地域というのは、魔力が豊富であることがほとんどだ。魔力は生き物を育てる。大森林という地形も、それを物語っている。


 こういう場所で、魔力の吹き溜まりができると、異常発達したモンスターが発生したり、ダンジョンなんてできてしまう。


「そもそも、このルーガナ領が魔力が豊かな土地だったんだろうな」


 ミスリル鉱石が採掘できたという話も、それを裏付ける。魔力を多量に含んだ鉱物であるミスリルは、魔力が豊富でなければそもそも見つからない。


「鉱山からミスリルが枯渇したって話だが――」


 ベルさんはニヤリとした。


「大森林のほうには、まだたっぷりあるかもしれんな。こっちは人がほとんど入っていないって話だから、資源もほとんど手つかずだろうよ」


 何故、人が入っていないのか? それだけ魔獣が多く危険な土地だからだろう。


「大帝国の狙いもそれだったかもしれないな」


 豊富な資源地帯の制圧。ルーガナ領は王国でも端のほうで、外国勢からすれば比較的守りやすい位置にある。


「これもブルトから聞いたんだが」

「ん?」

「このボスケ大森林地帯は、その半分がヴェリラルド王国領とされているが、残りはどこの国も手が出せていない未踏領域なんだと」

「未踏領域」


 つまり誰の土地でもないってことか。王国側もおおよそ半分は行けたが、それ以上は無理だったのだろう。


 ……いいね。


 俺は思わず口もとを歪めた。


「魔力と資源が豊富。しかもモンスターだらけで、誰のテリトリーでもない。……ここを俺たちでいただいてしまおう」


 対大帝国反乱軍(仮)の拠点にしてしまうのもアリだな。

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