第25話、ウェントゥス、それは風
「こいつが飛空船かぁ。やっぱデカいな」
ベルさんが俺の肩に飛び乗る。俺たちは飛空船の後ろに回り、下面の上陸艇の開閉ハッチから中に乗り込んだ。
「操縦席は正面。この船の天井を開けると上の船体に行ける」
まあ、今そこにあるのは船室と倉庫、サブブリッジに機関制御室、浮遊石ルーム。あとは速射砲とその弾薬庫である。
俺たちは操縦室に向かう。いかにも船だった大帝国船と違い、旅客機や並列複座のコクピットのような感じの広さとなっている。一応、四人まで席につくことができた。
俺が操縦席に座ると、ディーシーが隣の席に座った。
「操縦については大帝国船のそれとさほど変わらない。追加した機能分、スイッチは増えているがな。……主、大帝国船のマニュアルは覚えたか?」
「昨日、宿で熟読したよ」
ちょうどいい読み物とばかりに寝る前に読んだ。大帝国船で押収したやつだが、予習は済んでる。でなけば飛空船を作ろうなんて言わない。
「ディーシーよぅ、オレも前がいいんだが」
ベルさんが不満を漏らせば、ディーシーは笑った。
「なら我の膝の上でどうだ? 主が初めて飛空船を操縦するんだ。何かあった時に、ベルさんに対処できるか?」
「いいや。……おい、ジン。お前大丈夫か?」
「何事にも最初はあるよ」
緊張させないでくれ。
ディーシーが操作し、飛空船が騒々しくなる。さすが部品ひとつひとつまで構造を把握しているだけあって、操作に淀みがない。
「メインエンジン1番と2番に火を入れた」
そう言ったディーシーは右手を挙げると、そこに球体を具現化させて、正面のコンソールにセットした。
「そいつはコアか?」
ゴーレムなどを動かすコアに見えるそれ。俺の問いにディーシーは頷いた。
「コピーコアだ。この飛空船の制御を覚えさせる」
「なるほど、この船自体をゴーレムにするわけな」
コンピューターみたいなものだと思ってくれ。ディーシーに従い、各種チェックが終了。問題なし。
「それじゃあ、記念すべき初飛行だ」
俺は浮遊石を制御するレバーに手をかけた。これをゆっくり押し込んでやれば、搭載された浮遊石に魔力信号が送られる。
ゆっくりと、正面のガラス窓から見える景色が、下方向へと動いた。
「浮いた!」
「ああそうだよ、浮いているともさ、ジン。お前、飛空船に乗るのは初めてじゃないだろ?」
「操縦するのは初めてなんだ。はしゃいだっていいだろ?」
ふわりとした浮遊感。実際に操縦席について、自分が動かしているとなるとまた一味違う。
正面から左右へと視線を向ければ、林のてっぺんの高さを、飛空船のブリッジが超えた。
「主、スロットル操作で、船体は前進するぞ」
「この高さなら、木に当たらないだろう」
俺はスロットルバーを操作。浮かび上がりつつあった飛空船は、ゆっくりと前へと進み出した。――はははっ!
「見たか、ベルさん! 俺たちの船が飛んでいるぞ!」
「そうだな、空を飛んでるな」
どこか皮肉げにベルさんは言った。この人、姿を変えて自由に空を飛んだりできるから、新鮮味がないのかもしれない。
「景色はいいな。風が直接当たらないのもいい」
操縦室周りのガラス窓のおかげで、風圧に悩まされることはない。
「だがいいのか、ジン? あんまり高く飛ぶと、王都からも見えちまうんじゃないか?」
「心配ご無用。オリジナルにはない装備を搭載済みさ。ディーシー、迷彩スキン」
サブパイロットシートのディーシーが紋章じみたスイッチを押すと、ダンジョン用姿消しトラップが船体に作用。その効果で、飛空船は透明状態となった。
「ダンジョントラップを応用した。こちらが解除するか、魔法でもぶつけられない限り姿を消したままだ」
準備は万端さ。俺は微笑する。ベルさんも釣られた。
「まるで幽霊だな!」
「連合軍にいた頃を思い出すなぁ。大帝国が俺たちのことを何と言っていたか知ってるか?」
「死神ジン?」
「『神出鬼没の魔術師』だってさ」
どこからともなく現れて、襲ったらさっと去っている。それで散々苦しめてやったのだが、連中が他国への侵略を続けるようなら、その時の悪夢を思い出させてやらないとな。
「ところで、主。船の名前はどうする?」
ディーシーが聞いてきた。よくぞ聞いてくれた。
「『ウェントゥス』。風って意味だ」
「風かぁ」
ベルさんが言えば、俺は視線を向けた。
「風は目に見えないもんだ。この船にピッタリだろ?」
ウェントゥス号は空を飛ぶ。ゆったりと遊覧飛行と洒落込んで、王都周辺を周回。その後、各種テストする。
操縦室のコピーコア端末が、基本動作のチェックを終えたというので、自動操縦をさせてみた。
操縦桿から手を離して様子を見たが、ウェントゥス号はのんびり飛行をして、王都の周りを大きく回った。
これでオートパイロット付きとか、大帝国の船にもなかったぜ。
というわけで、操縦はコアに任せて、俺たちは上部船体に上がってみる。船内の形は、大帝国船のそれによく似ていた。
船室は俺たちしか使わないなら余裕で個室が使える。もともと十数人乗りだったからな。
サブブリッジに行けば、上方視界が広く、真上もよく見えた。操縦系統は上陸艇とほぼ同じだ。
ディーシーがここにもコアを端末にセットした。上陸艇を分離した後、こちらの船体の操縦や制御を担当するのだ。
船体後部は貨物区画だ。いまは空っぽだが、車とか余裕で収容できる広さがある。
「なんかもう、ここが拠点でもいいんじゃね?」
ベルさんが皮肉げに言った。家としても使えそうな広さがあるよな。
「まあ、エンジン音はするけどね」
俺は肩をすくめた。倉庫区画にいても聞こえるレシプロエンジン音。
「船室にはスイッチひとつで防音魔法が発動する魔道具を設置してあるから、まあ、寝る時は静かに寝れるさ」
ちなみに、後部を開けば貨物の搬出口になる。
「運び屋もできるかもな。割とマジで」
「転職するかい?」
「冒険者と兼業してはダメって決まりはないからな」
「水を差すようで悪いがな、主よ」
ディーシーが口を挟んだ。
「燃料である魔力を安定供給できる方法を見つけないと、言うほど自由に飛び回れないぞ」
「あー。そりゃ確かにそうだ」
「まあ、あまり無理をしなければ、我がテリトリー内の魔力を集めて補充はできるがな」
ディーシーは肩をすくめた。さすがダンジョンコア、魔力の収集は朝飯前か。
しかし、飛空船を扱うなら魔力の供給が問題だな。機械を使うってのはそういうことなんだよなぁ。
反乱軍を作るなんて言ったけど、あの強大な大帝国を相手にするなら、こういう機械とそれを運用できる体制を作らないといけない。
補給は疎かにしてはいけないのだ。
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