第23話、冒険者登録にギルドへ行く


 俺はこの2年をジン・アミウールという名で過ごした。


 よくある冒険者になって、大竜討伐なり未踏破ダンジョンを攻略したりして、Sランクの冒険者となった。


 冒険者とは、魔獣を狩ったり、ダンジョンに潜ったり、その他少々手荒な仕事をこなす者たちのことを言う。


 大体は冒険者のギルドを通した依頼をこなしていくものだが、乱暴に言えば何でも屋に近い。


 で、俺はミスリル製のランクプレート保有者になったのだが、ジン・トキトモとして出直すにあたって、このSランクプレートは使えない。


 だが冒険者プレートは、持っていると色々なところで役に立つ。


 武器を所有していても咎められることもないし、町に出入りする時の審査がスムーズになる。


 何より大きいのは通行税が軽減されたり免除されたりすることか。


 危険な魔獣を討伐することが多い冒険者である。領主たちにとっては、自領の治安維持に一役買ってくれてくれる冒険者を留めておきたいのだ。


 ちなみに、冒険者を閉め出すような場所は、魔獣の処理を自前でしなくてはならなくなるから、扱いに失敗すると人がこなくなって衰退していく傾向にある。


 俺とベルさんは王都の町並みを歩いていた。ディーシーはただいまストレージ内でお休み中。


 中央通りを進み、見かけた王都案内の看板の前で現在地を確認。王城は王都中央のやや北寄りに位置している。


 目指すは、冒険者ギルドである。商店や宿が立ち並ぶ一角を抜けると、やがて目指す建物が見えてきた。


 一瞬、宮殿かと思えた。正面入り口の両側に太い石柱がそびえる荘厳な石造りの建物。昔テレビで見た西洋の図書館か博物館の入り口みたい。


 中は……これまた洋画ドラマなどで見る銀行じみた雰囲気。入ってすぐのフロアは広く、ロビーのようだ。ここのギルドは案外綺麗なんだな。さすが王都のギルド。


 複数の窓口があるカウンター。入って右手には休憩スペースを兼ねているのか椅子やテーブルがあって、冒険者とおぼしき連中が談話したり酒を飲んだりしている。対して左手方向に目を向ければ、掲示板があって貼り付けられた依頼を吟味している仕事熱心な冒険者の姿があった。


 さて、まずは窓口へ。黒猫姿のベルさんが俺の肩に飛び乗った。手続きの様子を眺めるためだろう。窓口にいる冒険者を尻目に、折りよく空いているカウンターに。


 ギルド職員――茶色い髪に褐色肌の女の子。年のころは十代後半といったところか。美人というほどではないが、地味ながらも素朴な可愛さがある娘だ。


「こんにちは」


 俺はスマイルを浮かべる。挨拶は基本である。日本人魂。


「こんにちは。ようこそ、冒険者ギルドへ」


 受付嬢は挨拶を返したが、すぐ視線が俺の肩の上のベルさんに向く。よっ、と黒猫はカウンターの上に着地すると行儀よくお座りした。


「初めてなんですが、冒険者登録をお願いします」

「かしこまりました。手続きをさせていただきます。登録料は1銀貨です。……字は書けますか?」


 羊皮紙に似た紙を出しながら、受付嬢が聞いてきた。


 この世界じゃ、日本と違って識字率は高くないからな。受付嬢の確認は決してこちらを馬鹿にしたものではないんだ。


「書けます。ありがとう」


 あまり上手ではないが、昨日、宿で確認しているからね。


「それではこちらにご記入ください」


 羊皮紙とインク瓶に入った羽筆を受け取る。名前、出身、生まれ年(年齢)、職業……。魔術師の呼び名は色々あるが、まあ、ウィザードでいいだろう。


 以前、魔術師と書いたら、漠然としているから詳しくなんて突っ込まれた。マジシャンか、メイジか、それともウィザードか……等々。軽くカルチャーギャップだった。


 そのくせ、名乗る時は大抵『魔術師』が多いから意味がわからん。


 一通り書き終わり、登録料を支払う。受付嬢が確認すると、「プレートを発行しますので、少しお待ちを」と言い残して席を立った。


 カウンター向こうの席に座る魔術師風の男のもとへ、受付嬢が何事か話しながら、俺の書き込んだ受付用紙を手渡す。男は、デスク脇の小箱から銅製のプレートを取り出すと、指先でなにやらなぞり始めた。


 魔法文字である。


 俺は彼が何をしているのか察する。いわゆる冒険者の証であるプレートに、名前を刻んでいるのだ。作業はすぐに終わり、受付嬢はプレートを受け取るとカウンターに戻ってきた。


「どうぞ、あなたのランクプレートです。登録したばかりの方はFランクです。……ああ、ランクの説明をさせていただきますね」


 冒険者のランクについては、すでに存じている俺ではあるが、初めてであると言った手前、黙って受付嬢の説明を聞いた。


 Fランクから始まって、E、D、C、B、A、Sとランクが上がっていき、昇格は一定数の依頼を達成したり、貢献度からギルドが判断したりして決まる。ランクが上がれば、より多くの依頼を受けることができ、特典もつく。


 受けられる依頼は、自身と同じランクか、その一つ上までとなる。身の丈に合わない依頼を受けられて失敗されたら、依頼主はもちろん、仲介しているギルドも信頼を失って困ってしまうからだ。そのため一部の依頼には、失敗した場合、違約金が発生する場合があると注意された。


 依頼の受け方は、窓口で直接聞くこともできるが、主に掲示板に貼り出された依頼書を窓口へもって行き手続きをすればいい。……異世界ものでよくあるやつだ。


「手続きは完了です。たった今から、あなたは冒険者です」


 受付嬢が笑顔を向けてきた。ここでは試験とかないのか――何ともお手軽に冒険者である。


 どうも、と俺もつられて笑顔で返す。この受付嬢は当たりだな。俺は上機嫌でベルさんに声をかけ、カウンターを離れる。肩によじ登ったベルさんが小さく言った。


「普通だったな」

「ああ、普通だった。受付嬢は可愛かった」


 一度、掲示板のほうへ足を向け、他の冒険者と共に無数に張り出された依頼を眺める。討伐依頼、採集依頼、護衛依頼に、探索依頼、配達依頼などなど。


「どうするんだ、ジン。受けるのかい?」


 ベルさんが言えば、近くにいた冒険者が一瞬ギョッとしたように視線をくれた。猫が喋ったからびっくりしたのだろう。獣人たちが普通に喋ることはあっても、猫が喋ることはないからな。


「依頼を見れば、この町がどういうところなのか、大体わかるもんだが……」


 俺は首をひねる。


「何とも平和そうだなぁ」


 一応近くにダンジョンがあって、それ絡みではそこそこクエストがあるようだが、それ以外が、初心者でもこなせそうなものが大半だった。


「この時間に、この手の依頼がそこそこあるというのは、人手が足りないか、この程度の仕事しかないかのどちらかだな」

「……忘れるなよジン。今のお前はFランだ」

「おっと、そうだった」


 ついSランク目線になってしまった。


「しかし安いなぁ。まあ、冒険者プレートを手に入れたことで、今のところよしとしておこう」


 王宮から報酬を得るまで、適当にクエストを消化して時間を潰そうかとも思ったが……。


「せっかくだし、王都周りを散歩しながら、船とか作っちゃうか」


 この辺りのことを知っておくのも勉強のうちである。ついでに余裕のあるうちに飛空船作りに挑戦しておこう。


 来たるべき日のために。

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