第22話、魔術師、風呂に入る


 ヴェリラルド王国の王都は、活気に溢れていた。


 きっちりと石畳で舗装された王都の中央通り。王都の住民が行き交い、行商人や旅人、傭兵と思しき者の姿が見える。


 賑やかであり、同時に雑多な印象を受ける。ちらちらと獣耳の獣人の姿も見える。


 案外、他種族にも寛容な土地のようだ。これまで、獣人お断りとばかりに都市に入れない、なんてところも見たことがある。……気に入った!


 近衛隊を分かれ、俺とベルさん、ディーシーは王都内を進んでいた。


「じきに陽が暮れる」


 黒猫姿のベルさんが俺の肩に乗って言った。


「さっさと宿をとろうぜ」


 初めての土地だからどこに何があるかはわからない。


 宿といっても色々あって、物凄く安いけど他の客と雑魚寝になる宿。比較的安いけど宿泊客が荒っぽい人が多い宿。少々高いが個室で休める宿。あるいは夜のお楽しみができる売春宿。そしてVIP御用達の高級宿などなど。


 少々高くても、個室のある宿にしよう。その手の宿は大抵、人の通りが多い表通りにあるものだ。


「ロックだね」


 と言うことで見つけた宿屋『岩』。通称『ロック』。


 見た目は、ありふれた西洋宿。三階建て、一階が食堂と酒場を兼ねており、部屋は二階からだ。


 受付で宿泊手続き。宿のひょろ長い中年おっさん曰く、食事代込みで一泊二〇〇ゲルド。ゲルドとはここヴェリラルド王国のお金の単位だ。


 ゲルド銀貨二枚で二〇〇ゲルド。ちなみに国や地方にもよるが、一般的な労働者の平均日給が三〇〇ゲルドである。


 ……。


 ちなみに、ペットOKだそうだ。ただし、おっさんに「宿のものに傷つけたら弁償ね」と言われた。

 なお、ペット扱いされたベルさんは怒っていた。じゃあ、なんで猫なんかに化けているのさ?


「人間じゃねえことを忘れないためさ」


 などと言っていた。


 個室は、ベッドがひとつ。あまり広いとは言えなかったが、こざっぱりしていて清潔感はあった。


「さて、とりあえず屋根のあるところで寝られるわけだが……」


 俺は部屋にひとつだけある窓を開く。王都の景色――といっても道を挟んだ向こう側の建物しか見えなかった。


 ディーシーがベッドに座った。


「主は、しばらく冒険者か傭兵をやると言っていたな」

「そのつもり」


 資金はある。アーリィーとその近衛隊を王都に送り届けたことで報酬が得られるから、これまたしばらく生活費の心配はいらない。


 俺はストレージから木製のタライを取り出す。


「このヴェリラルド王国が住み心地がよさそうなら、定住するのも悪くない。ベルさんはどう思う?」

「まあ、悪くはないと思うぜ。今のところはな」


 ベルさんは答えた。


 俺はストレージから、縮小の魔法をかけてあるタライ出すと、元のサイズに戻した。


 直径一メートル半にもなるジャンボサイズのタライを床に……おっと、その前に床に敷物を置いておかないと。


「ディーシー、悪いが床にスライム床を出してくれないか? 床を濡らしたくない」

「ん」


 ディーシーが床にスライムベッドと同種のスライム床を作り出して軽く覆っていく。……よし、水防対策ばっちり。


「ただ俺としては、やっぱりディグラートル大帝国の動きが気になる」

「この国にも手を出しているみたいだからな」


 ベルさんがカラカラと笑った。


「面倒くさいことにな」

「そこで考えたんだけどさ、大帝国に対して反撃できる準備をしておくべきじゃないかって思うんだ」


 ベルさんとディーシーが顔を見合わせた。


「それって、この前話していた反乱軍を作るって話か?」

「そうだ。連合国が大帝国打倒に失敗した。連中は再び他国への侵略に乗り出した。大帝国にかなう戦力なんて早々にないだろうし、どこへ逃げても、いつかは奴らと戦わないといけない」

「それで、軍を作るってか?」

「ああ、遠くない未来のために」


 俺はスライム床の上に巨大タライを置いた。その様子を見ていたベルさんが口を開く。


「軍隊なんて作れるのかよ?」

「俺たちだって、傭兵団の真似事をしたけど、あれの規模が大きくなれば充分軍隊って言えるさ」


 魔石水筒を出して、ひっくり返す。内蔵された水の魔石からどぼどぼと巨大タライに水を注いでいく。


「シェイプシフターを中心にした戦闘集団の形成。それと、せっかく飛空船の技術を手に入れたんだ。空の戦力も整えたいね」


 大帝国はすでに一定数の飛行船を戦力に組み込んでいた。あれに対抗するためにも、飛行できる船や、できるなら航空機なども将来的には飛ばしたい。


 巨大タライに水を張ると、俺はカバンから火属性の魔石を取り出し、その表面をこすって魔力を解放させる。途端に火の魔石は熱を帯び始める。俺はそれをタライの中の水に放り込んだ。ぽちゃんと音を立て、水がタライの外に跳ねたがスライム床に当たって宿の床には水はかからなかった。


 ベルさんが、片手、反対側の足で立ちながら、残る手と足を伸ばし始める。俺はローブマントをはずし、服を脱ぎ始める。


 ディーシーはベッドに横たわっている。あとでピカピカに磨いてやろう。


 ベルさんが着々と準備運動をこなし、俺はすっぽんぽんになると、タライの水に指

を突っ込み……うん、いい塩梅にお湯になってる。湯の中の魔石に再度触れ、熱の放射を弱める。


「そうなると、まずは拠点か?」

「ディーシーがいるから、どこかの適当な穴とか洞窟を利用すれば、金をかけずに拠点は作れるよな」


 DCロッド――ダンジョンコアであるディーシーは膨大な魔力を持ち、放っておいても大気や地面から魔力を吸収して力を蓄える。


 適当な洞窟にでも設置すれば、その一帯はダンジョン化することができる。そうなれば、ダンジョンコアの所有者たる俺はダンジョンマスター! まさに一国一城の主が如く、自由にダンジョンをクリエイトできるのだ。


「秘密基地っていいよなぁ」


 と言いながら、俺は巨大タライに足を踏み入れ、そして座り込む。湯気をくゆらせているお湯に浸かる。熱せられた湯が露出した肌を覆うようにかかり、ぽかぽかと全身が温かくなった。ベルさんも黒猫姿で、巨大タライの湯船にするっと入る。


「「ふぁぁー」」


 俺とベルさんの息が同時に漏れる。久しぶりのお風呂。生き返るー!


「俺、魔法使えてよかったー」


 このなんちゃって中世風世界、連合国をはじめとした東方諸国の大半では、風呂は贅沢品だった。王侯貴族など一部か使っている程度で、一般に普及していなかったのだ。

 それではあまりに寂しいので俺は自作の風呂で日頃の汗を流すのだ。


「昔は、風呂ってのはあまり好きでも嫌いでもなかったんだが――」


 ベルさんがタライにもたれながら、猫にあるまじき姿勢で湯船に浸かる。


「この歳になって、風呂のよさがわかったって言うな」

「え、ベルさん、いくつなんだよ?」


 笑いながら、お湯で顔をごしごし。旅の垢などで、このお湯もすぐに汚れてしまうが、それは仕方がない。


 ベルさんが口を開いた。


「さしあたり、明日はどうする?」

「冒険者登録をしにギルドへ行く。さすがにここじゃ、ジン・アミウールの冒険者プレートは使えない」


 連合国の英雄魔術師は、一応死んだことになっているからね。せっかく死を偽装したんだ。こっちではジン・トキトモとして生きていくのだ。


 俺たちは風呂を満喫し、英気を養った。

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