第18話、飛空船、奪取


 空を飛ぶ飛空船を奪う。俺がそう口にした時、さすがに近衛騎士たちは『何を言っているんだ?』という目を向けてきた。


「相手は空の上だぞ?」


 オリビア副隊長が眉をひそめた。


「手の届かない場所にいるものを、どうやって奪うというのだ? 空を飛べとでも言うのか?」

「あっ!」


 アーリィーが声をあげた。


「ひょっとして、転移魔法……?」

「視界内だから届くはずなんだ」


 遠距離視覚の魔法と組み合わせれば……うん、飛空船の端っこではあるが甲板にいけそうだ。


 転移魔法? と近衛騎士たちがざわめくが無視して。


「スフェラ、杖に」

「はい、マスター」


 シェイプシフター魔女が本当の姿である杖へと変わる。


「ベルさんは俺があの船を奪取するまで、こっちを頼むよ。できるだけ早く終わらせるつもりだけど、もし面倒が起きたら王子様をお守りしてくれよ」

「任せろ」


 暗黒騎士姿のベルさんは頷いた。


「ジン殿!」

「ジン!」


 ブルト隊長やアーリィーに、俺は手を振る。


「終わったら、『ポータル』を繋げるんで少しお待ちを」


 俺は、魔法を唱える。目の前に直径2メートルほどの青いリングが出現する。なお輪の中は光に満ちているので、その先に何があるか、ここからでは見えない。


「こ、これは?」

「転移魔法陣みたいなものだよ。入り口と出口、2カ所に設置することで、転移移動できる魔法だ」

「転移魔法!?」


 今度こそ周りのざわめきが起きた。


「じゃ、ちょっと行ってきます」


 シェイプシフターの杖を手に、飛空船を凝視。視線の先に移動するイメージで……短距離転移!


 自分の体が光になったような感覚。またばきの間に、俺は飛空船の甲板の端っこに立っていた。吹きすさぶ風が冷たい。


「ほうら、到着」

「わっ!?」


 甲板にいた反乱軍兵が突然現れた俺に驚き、腰を抜かした。他の兵たちも何事かと振り向いた。


 端っこの手すりの上にいた俺はデッキに飛び降りる。シェイプシフター杖を手放し、ストレージ解放。


「悪いがこの船、いただきます!」


 異空間収納から無数の剣、槍を出し、次の瞬間、俺の索敵範囲に捉えた十人にそれらを放った。


 飛翔した剣や槍がヒュンと風を切って反乱軍兵を貫く。まず十名ダウン!


「敵襲ー!」


 マストの見張り台にいた兵が叫んで俺たちの侵入を報せる。


「うるさい……」


 俺は風の魔法でプッシュ。見張り台の兵士を吹っ飛ばした。哀れ見張り兵は甲板に落下――することなく、船の外へと落ちた。合掌。この高さだ、助かるまい。


 全長は4、50メートル、船体の幅7、8メートルくらいかな。ただし船体左右にエンジンがそれぞれ張り出しているから、全幅はその3、4倍はあるが。


 飛空船の中央には艦橋があって後ろにはマストと、うっすら黒煙を吐く煙突があった。船体左右にはエンジンのほか、旋回可能な大砲もあるようだ。


 バタバタと後部甲板にいた兵が駆けてくる。


 だがその頃には、シェイプシフター杖から魔女姿になったスフェラが、シェイプシフター兵を具現化。黒甲冑をまとう突撃歩兵は自らの体からカットラス型の小ぶりな剣を作り出して、反乱軍兵に斬りかかった。


 さて、俺は艦橋を見やる。窓があって、その奥で何人かがこちらを見ている。……お邪魔する!


 ガラス窓の向こうが見えたことで艦橋内をイメージできた。転移魔法で跳躍。俺は船の艦橋の中にいた。


 サンダーソードに稲妻が走る。反乱軍兵が「あっ!?」と声をあげた時には、俺はそいつを切り倒していた。お世辞にも広いとは言えない艦橋だ。帯剣していた兵が武器に手をかける頃には、俺は艦橋内の敵兵を排除していた。


「おっと、つい艦長らしい奴まで倒してしまった……」


 武器を手にとってこちらに向けば、そりゃ始末してしまうわな。


 さて、船内の始末はどうなったかな? 艦橋側面の出入り口から階段を降りれば、スフェラが立っていた。


「船内の敵はすべて排除いたしました、マスター」

「ご苦労さん。生存者は?」

「いません」


 はい、全員排除しましたってか。


「よし、船内にこの船の操船に関するマニュアルがあるはずだ。それを探し出して、この船を使えるようにしよう」


 ブルトに聞いた話じゃ、この国では飛空船は初めて見た新兵器らしいからな。反乱軍の乗組員の練成がどれほどかは知らないが、まだまだマニュアルは手放せないと推測する。


「承知しました、マスター」


 いまのままじゃ操船もできないからな。とりあえず飛空船は真っ直ぐ進み続けているが障害物もないし、誰も届かない場所にいるからしばらく放置しても大丈夫だろう。


 とりあえず、下で待っている連中を連れてくるか。


「ポータル」


 俺は甲板の中央で、青い魔法のリングを出す。地上にいるベルさんやアーリィーたちのところに置いてきたポータルリングと接続っと。


 ポータルの出入り口に足を踏み入れれば、飛空船から地上――森の中に出た。


「ジン!?」


 アーリィーがヒスイ色の目を見開いた。ベルさんが大剣を肩に担ぐ。


「終わったのか?」

「ああ、船は制圧した。皆もこっちへ。空の上なら安全だ」


 言い残して、俺はポータルの中に戻る。船の甲板に出て待てば、ベルさん、ディーシーの順でこちらへ来た。ブルト隊長に続いてオリビア副隊長、アーリィー、近衛騎士たちもやってきて、周囲を見て驚愕した。


「本当に空だ……!」

「森の中にいたのに」


 はいはい、皆通ったら敵がこないうちにポータルを消すからね。地上にいたシェイプシフター兵たちが通過するのを確認して、俺はポータルを解除。


 これで完全に下界とこの船は切り離された。敵が空でも飛んでこなければ、手出しはできない。


「マスター、装置の操作マニュアルを発見いたしました」


 乗り込んだシェイプシフター兵たちを動員して調べさせていたスフェラが報告した。


「ご苦労。さっそくマニュアルを拝見して、この船を動かそう」


 それでこの国の王都まで一気に移動しよう。包囲網を突破し、アーリィーを王都にお届けする。


 頷くスフェラだが、なおも報告があるようだった。


「マスター、この操船マニュアルですが、大帝国公用語で書かれております」

「……大帝国」


 くそっ。悪い予感は当たるもんだ。この国で起きた反乱に、あのディグラートル大帝国がなにがしら関係してるぞ!

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