第17話、反乱軍の包囲網


 俺たちは、王国軍テリトリーであるメズーロ城を目指して南東へ進路を向ける。


 街道は反乱軍が王都侵攻に使うため、俺たちから見れば封鎖されているも同然。だから道なき森の中を進んでいる。


 だがこちらは、ディーシーとシェイプシフターたちの索敵により、魔獣らを蹴散らして思いのほかスイスイと進んでいる。


 近衛騎士たちも、森からシェイプシフター兵が現れては、進路上に出た魔獣の死骸を運んでいる光景に呆然としている。


「こんなに簡単と進めていいのだろうか……?」

「いいんじゃないですか」


 ブルト隊長の呟きに俺はそう返した。これでも一応、反乱軍の追っ手が後方にいて、こちらを追いかけている。シェイプシフター兵が妨害をして、追っ手の数を減らしてはいるがね。


「街道は敵に押さえられていますから、どうしても速度ではこっちのほうが遅くなる」

「うむ」

「メズーロ城には反乱軍のほうが先につくと思うのですが……大丈夫ですかね?」

「堅城として有名だ。一日や二日で陥落するような城ではない」

「それはよかった」


 だが、反乱軍が進撃するならメズーロ城の攻略は必須。おそらく包囲して攻略するのだろうが、俺たちが城に近づけるかね……?


「……殿下、大丈夫ですか?」


 オリビアの声がした。アーリィーは額の汗を拭う。


「大丈夫。……体力ないなぁボク」


 王子様には少々辛い道か。慣れない森の中での長時間行軍はしんどいだろうな。休憩は挟んでいても、未経験者にはきついのは間違いない。


「休憩! 各自、警戒と休息!」


 ブルト隊長が命じた。近衛騎士たちが散開する中、俺はアーリィーのもとへ。ストレージから椅子を出して、彼女を座らせる。


「足を見せてくれ。歩きにくそうだったけど……」

「うん……」


 ブーツを脱がせると、様子を見ていたオリビアが「うっ」と声を出した。靴擦れで、血がにじんでいた。


 これは痛そう。


「手当する。ヒール」


 治癒魔法をかけてやる。まだまだ歩かなくてはいけないから完全治療して――


「……どうした?」

「ん? ううん、何でもない。……ありがとう」


 頬が赤いのは気のせいか。アーリィーさん、もしかして照れてらっしゃる?


「スフェラ、フィットブーツを出せ」


 シェイプシフター魔女に指示を出せば、いつもの如く、シェイプシフターの塊を出してブーツの形に成形。


「こちらの靴なら靴擦れはない。履き替えてくれ」

「ありがとう。本当、君って何でも出せるんだね」

「何でもは出せないさ」


 俺が首を振ると、ブルトが言った。


「いや、とても助かっている。ジン殿がいなければ、我々はどうなっていたことか」

「本当、味方でよかったですよ!」


 スキンヘッドの近衛騎士クリントが同意した。よせやい、照れてしまうだろう。


 そんなこんなで休むことしばし。再度の出発となり森を進む。先導する近衛騎士に従い、メズーロ城の見えるところまで移動したのだが。


「……駄目だな」


 遠距離視覚の魔法で城を眺め、俺はため息をついた。


「反乱軍陣地で見た旗が立っている。メズーロ城は、反乱軍の手に落ちたんじゃないか?」

「何てことだ……」


 ブルトが顔を引きつらせている。


 味方に合流できれば、という期待が萎み、近衛騎士たちの表情に疲れが吹き出した。


「反乱軍がもうこんなところまで……」

「街道を使ってるんだ。そりゃ早いか」


 沈痛なムードが漂う。俺は遠距離視覚で城の周りを眺める。


「どうだ、ベルさん?」

「周りは敵だらけだな。その割には、城に被害らしい被害はなさそうだ」

「となると……」

「ああ、あの城、反乱軍の仲間がいて手引きしたか、あるいは城主が反乱軍に寝返ったのかもな」


 討伐軍が負けた時点で、反乱軍側に傾いたのかもしれん。


「面倒だな」

「逃げた王子のことを知って警戒網を敷いているだろうな」


 俺とベルさんの会話を、アーリィーや近衛騎士らが聞いていた。


 後ろには追撃部隊。前には反乱軍の拠点と化したメズーロ城。迂回しても、アーリィーを捕まえようと反乱軍が部隊を展開しているだろう。


 王子の身柄はこの反乱騒動にも影響する。その重要性を敵は理解しているに違いない。


 包囲網は狭まっているとみていい。


「ひとつ敵に引っかかれば詰みだな。周りからどんどん敵が集まってくる」

「主」


 ディーシーが声が緊張を含んだ声を出した。


「北の空。接近してくる」

「空?」


 いったい何が……。森の木の間から見える空。晴れ間は見えるが若干、雲が多いか。より空が見える位置に移動すれば……。


「何か聞こえてきたな」


 ベルさんが呟く。ああ、なんか懐かしい音が聞こえてきた。……こいつは、エンジン音だ!


「あ、あれは!」


 アーリィーが声を上げ、ブルト隊長がとっさに彼女を木陰へと引っ張った。


「ジン殿も! 隠れるんだ!」

「……ああ、くそ」


 俺は近くの木へと体を寄せて、空から見えないように隠れた。


「飛空船だと……!」

「大帝国で見たぞ、あれ」


 ベルさんも隠れながら言った。


 北の空から飛んできたのは、2カ月前に大帝国帝都の空に現れた空飛ぶ船によく似た飛行物体だった。帆船のような船体、左右に張り出した大プロペラ付きエンジンがはっきりと見えた。


 ブルトが忌々しげに言う。


「あのおかしな船が空から攻撃してきたせいで、討伐軍は滅茶苦茶にされた! 反乱軍の新兵器だ」

「ブルト隊長、このヴェリラルド王国には飛空船は珍しくないんですか?」


 俺が質問すれば、近衛隊長は眉をひそめた。


「いいや! 飛空船、と言うのか? あんなものはこの前の戦いで初めて見た!」


 嫌な予感がした。反乱軍が空を飛ぶ船を開発した可能性より、この反乱に実はかの大帝国が関係しているのではないか、という予感だ。大陸統一を目指すあの国が、西方諸国にも手を出さないわけがないんだよなぁ……。


 何にせよ、現状あれが敵だということは変わりない。


「面倒なことになったな」


 ベルさんが上を通過していく飛空船を睨みつける。


「空からなら見張りやすいからな。開けた場所に出ちまえば、途端に見つかるぞ」


 こちらはますます動きにくくなったということだ。


 おしまいだ――近衛騎士のひとりが頭を抱えて座り込み、それを見たオリビア副隊長が『しっかりしろ! お前は近衛騎士だろうが!』と叱咤していた。


「どうする、ジン?」


 ベルさんは皮肉っぽく言った。


「お前の極大魔法なら、あれくらい撃ち落とせるだろうが……」

「地上の反乱軍にこちらの位置がバレるんだよな」


 長射程の地上からの魔法による攻撃もできるが、撃った場所がわかってしまうのはいただけない。


 それよりも――


「いいアイデアがある。あの船を奪おう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る