第16話、ベルさん無双


「ガーズィ、いるか?」


 砦の外、森の中で黒猫から暗黒騎士姿になったベルは、警戒についていたシェイプシフター兵の指揮官を呼んだ。


『はい、ここに』


 ガサッと茂みから、シェイプシフター兵が現れる。


「オレの索敵魔法が侵入者を捉えた。援護配置につけ」

『了解』


 ガーズィと呼ばれたシェイプシフター兵は部下たちに合図する。


 その間にベルは魔力波動を飛ばした。いわゆる索敵魔法で、この波動の反射で生物の動き、反応を捉える。


「ちっ、魔力を当てられたのに反応しないとは……。この鈍さは人間か」


 勘のいい魔獣や、人間より感覚に優れた亜人なら気づいたかもしれないが。


 おそらく反乱軍だろう。十数人はいて、ある程度の間隔をとってこっちへやってきている。迷い込んだ冒険者や狩人ではない。


「意外に早かったな」



  ・  ・  ・



「この森を複数の『人間』が移動したのは間違いない」


 反乱軍陣地よりアーリィー王子捜索を命じられた部隊のひとつ。部隊長のグレイ・ドットは呟いた。


 狼を模した帽子を被り、追跡に特化した能力を持った部隊である。


(――ルーガナ伯爵からの命令だからな……)


 ドットの周囲を警戒態勢で進む部下たち。


 足跡を追っていた先導の兵が立ち止まった。後続の仲間たちもその場に膝をついて姿勢を低くする。鬱蒼と生い茂る森の中。しかも夜とあっては視界は悪いが、兵たちは暗視の魔法で、夜行性の獣並みの視界を確保していた。


 ドットは静かに先導の兵の傍まで駆けると、低い声で聞いた。


「どうした?」

「音が……」


 なに? ドットは訳がわからなかった。先導の兵は切羽詰ったように周囲に視線を走らせる。


「周囲の音が聞こえなくなっていませんか?」


 こいつはいったい何を言っているんだ? ドットは視線をめぐらせる。


 そう言えば……やたら静かなような。


 遠くから聞こえていた鳥や獣の声も聞こえない。近くの音は聞こえるから、聞こえなくなったのは遠くで発生する音のことか。


 ザクッ、とブーツによる足音が聞こえた。


 ――まさか、敵!?


 前からということは自分の部隊の者ではない。足跡を残した連中の仲間が引き返してきたか?


 ザク、ザクっ、と足音が連続する。


「――あー、お前たちは反乱軍か?」


 野性味溢れる男の声がした。その瞬間、ぼうっと赤い光が浮かんだ。それは剣。そしてその赤い光の照り返しに浮かんだのは漆黒の甲冑をまとった騎士の姿。


 一瞬、幽霊の類かと思って、背筋が凍った。


「どうやら王子様を探してここまで来たようだが……残念だったな。お前たちはそこまで行けない。何故なら――」


 騎士は一歩を踏み出した。


「ここで死ぬからだ」

「撃て!」


 ドットが声を張り上げ、部下たちがクロスボウを放った。だが漆黒の騎士は剣を振るうと、飛来する矢をすべて叩き落とした。


 そして悠然とドットたちに近づいてきた。


 身長は二メートル近い巨漢。頭蓋骨を模した面貌の兜には、猛牛を思わせる太い角が二本ついている。まるで地獄の使者か、悪魔の騎士のように見えるその姿。


「くそっ!」


 敵騎士に近い兵がダガーや斧を手に突進する。だが暗黒騎士が赤く輝く剣を振るうたびに、武器が折れ、そのまま兵の体を一刀両断、切り捨てていった。何という切れ味。人の身体が、まるでバターを切るようにあっさりと倒されていく。


 装填を終えた兵が二人、騎士の側面から矢を撃つ。だが騎士が左手をかざすと、漆黒の盾のようなものが現れ、矢が消えた。防がれたのではない、消えたのだ。ドットはもう訳がわからなかった。


 漆黒の騎士は、左手の盾のようなものを水平に投げた。クロスボウを持った兵二人が、その漆黒の盾――いや闇の刃に胴を上下に真っ二つにされた。


「退却!」


 ドットは叫んだ。王子を追うどころではない。このままではこの得体の知れない騎士に皆殺しにされてしまう。味方に敵の存在を報告しなければ――


 前を行く兵が突然、倒れた。ライトニングの魔法が連続してよぎる。


 他にも敵がいた。包囲されていたのだ!


「だから、言ったろう?」


 死の足音とともに暗黒騎士が、兵を一人、また一人と殺しながら近づいてくる。すべての抵抗が無駄だといわんばかりに。


「お前たちはここで死ぬと」


 暗黒騎士の左手がドットに迫る。その手は人の手というには不自然に膨らみ、次の瞬間裂けた。巨大な竜が大口を開けているかのような形になる。


「ああああああああっー!」


 ドットの叫びはしかし、その巨大な口に飲み込まれて掻き消える。


 暗黒騎士が兜のバイザー部分を持ち上げる。中から出てきたのは、褐色肌の男の顔。


「うるさいやつだ。まあ、どうせオレの張った結界の中ではどう叫ぼうが聞こえないがな」


 その声は、ベルのそれ。


 ある時は黒猫、またある時は、身長二メートル近い巨漢の男にして異形。その正体は、悪魔の王の一人……。


 人は彼をこう呼ぶ。暴食王、と。


「とりあえず一掃したか。オレたちの前に現れたのが運の尽きだったな、雑魚ども」



  ・  ・  ・



 昨晩、ベルさんが反乱軍の追手を喰い散らかした。


 追手と聞いて、アーリィーや近衛騎士たちは青い顔をしていたが、俺はまったく心配していない。


 ベルさんの仕事はケチのつけようがない。何せこの人、魔王の一人だからね。激ツヨだ。


 そんな彼と契約できた俺はきっと特別な存在に違いない……と冗談は置いておいて。


「追跡部隊が帰ってこないということは、そこに何かあるということだ」


 俺はブルト隊長に言った。


「さっさとここを離れてメズーロ城を目指しましょうか」

「そうだな。近衛隊、出発する! 殿下もよろしいですか?」

「うん」


 アーリィーは頷いた。こちらで提供した料理を美味しく食べていたから、元気はあるようだ。


 なお昨夜、アーリィーからたっぷり魔力を吸収したディーシーはご機嫌だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る