第15話、王子様と相部屋


 砦にベルさんたちが合流した。


 囮部隊に参加したシェイプシフター兵たちは全員生還し、砦にいる人数が一気に倍増したので、アーリィーはより安心した様子だった。


 もっとも、反乱軍の人数に比べたら全然少ないんだけどね。でも見える範囲の味方が増えるとホッとするよね。


「世話になってばかりで本当に悪い。君らへの報酬にはきちんとそのあたりを上乗せさせるから」


 ブルト隊長は言った。


 俺の異空間収納にある食料を提供したことの礼である。肉とスープという温かい食事を提供したからだ。光が漏れないように作った部屋で料理をした。


 こういう逃亡では、中々まともな食事なんてとれないからね。火を起こすな、音に気をつけろ、などなど。


 風魔法で遮音と匂いの方向をコントロールしているから、そちらも心配ない。


「で、なんで王子様が俺のところにいるわけ?」

「あなたがボクの性別を知っているから」


 アーリィーは俺の部屋にいた。黒猫姿になったベルさんがいて、ディーシーは杖の姿のままである。


「さすがに寝る時まで鎧をつけていられないし」


 そういう彼女は、スフェラの出したシェイプシフターベッドで寝転がっている。こんな何もない砦でベッドがあるって凄いことなんだ。


「ブルト隊長はボクの性別を知っているけれど……お着替えは手伝えませんって逃げちゃったし」


 ……そりゃあ、なあ。あの隊長、堅物そうだしな。乙女の柔肌を見たりとか、役得とか思わないんだろうな。


 まあ、俺が彼女の鎧を外してあげたけどね。


 勘違いしないでくれ。さらしを緩めたのは彼女で、俺はノータッチだからな! 次に巻く時は……うん。


「だからって、俺は男だぞ。同じ部屋にいるというのは問題じゃないか?」


 世間じゃ王子様だけど、年頃の娘であって。


「ボクも男ということになっている。一応ね」


 アーリィーは表情を歪めた。


「オリビアは傭兵と一緒だと不安だって言っていた。でも仕方ないんだよ」


 そういって自分の胸を指さす。そう、近衛騎士の大半はアーリィーの性別を知らない。


「もちろん、危ないことをするなら外にいる隊長が飛び込んでくるけど。近衛的には、この状況でボクをひとりにするほうがよっぽど不安なんだと思う」


 ひとりになった途端、どこかへ消えてしまうとか。あるいは敵の手によってさらわれたら厄介だとか。


「隊長は、ジンたちのことを信頼しているんだよ」

「そいつは光栄だ」

「ボクも、信頼している」


 そう上目遣いで見ないでくれ。お兄さん、ドキドキしちゃうからさ。この王子様可愛過ぎー……。何か語弊がある気がしないでもない。


「わかった。警戒はしておくから、君はもうお休み。明日から移動で大変だからね」

「……うん」


 シェイプシフターベッドに完全に横になるアーリィー。毛布もあるぞ――ということで被る彼女だが。


「ねえ、ジン。ボクが眠るまで、お話してくれないかな?」

「子守唄でも唱えと?」

「子供じゃないよー」


 アーリィーが拗ねたような声を出した。


「でも、何だか静かになると、怖いっていうか……」

「なるほど」


 王子様にとって討伐軍の遠征と戦いは、初めてづくしだったらしいからな。緊張と不安、ストレスを抱えているのだろう。そしてそれは継続中というわけだ。


 俺は、アーリィーのそばに寄るとDCロッドを差し出した。


「これを抱えているとゆっくり休める」

『おいこら』


 DCロッド――ディーシーが念話で抗議した。俺は念話で返す。


『ちょっと魔力を吸ったら眠くなるだろ。お喋りする俺の身にもなれ』

『我は主以外に触られたくないんだが……。ベルさん?』

『……』


 黒猫姿のベルさんは寝たフリで答えない。傍目には寝ているように見えるが、この人、絶対起きているぞ。


 アーリィーはDCロッドを抱えると、再び横になった。


「杖を抱えて寝るなんて変な感じ。でもそうだね、あなたに襲われたら、これで反撃できるかも」

「襲わないって」


 俺は席に戻る。もっとも、一緒に寝ましょって誘われたら、考えなくもないけどね。アーリィーは俺の好みだから。……あー、嘘です。さすがに王族なので、誘われても断ります。


「さて、何から話せばいいかな?」

「旅の傭兵だって聞いたけど……」

「そうだ。遥か彼方の島国の出身でね。つい最近まで、連合国に雇われて大帝国と戦っていた――」


 2か月前までは。英雄魔術師ジン・アミウールではなく、一魔術師として従軍した、ということで、戦果を過小な感じで説明してやる。


「風の傭兵団、まあそんな感じ」

「歴戦の勇士だね」


 アーリィーは尊敬の眼差しを向けてくる。


「反乱軍の陣地からボクを助けてくれたのは見事だった。あなたたちは凄腕の傭兵団だよ」

「どうも」


 ……それにしても、中々寝ないなこの娘。ダンジョンコアであるディーシーは魔力に飢えているから、王子様の皮を被ったアーリィーからも魔力をちょうだいしているはずだが……。


 ひょっとして、この娘。魔力量がハンパない?


『おい、ディーシー。そっちはどうなってるんだ? ちゃんと魔力を吸ってる?』

『吸収しているのだがな……。ありがたいことに、まだまだいけそうだ』


 魔力の吸い過ぎは、魔力不足を引き起こし体調不良などにも繋がる。あまり長時間の接触吸収はよくないのだが……。


『ジン、その娘なら心配しなくていいぞ。この娘、『魔力の泉』って能力持ちだからな。魔力の自然回復量が常人のそれじゃねえからよ』


 寝たフリをしているベルさんが念話で言った。


『魔力の泉だって?』


 生き物は使った魔力を寝ることで回復する。じっと休んでも一応回復するのだが、その量は微々たるもので、回復させるとなると寝るのが一番である。


 だがこの魔力の泉というのは、寝てなくても常人の数倍のペースで、消費した魔力分が回復する能力だという。


 要するに、魔法を乱射しても魔力の自己回復が早いから、より魔法を連続して使うことができるのだ。


 魔術師ならぜひ欲しい能力だ。だがあいにくとこのスキルは先天的なもので、つまりは才能みたいなものである。


 王族に生まれず、魔術師の家系に生まれたら、天下にその名をとどろかす大魔術師になっていたかもしれないな。人間なら珍しいが、魔法が得意なエルフとかは、そこそここの能力持ちがいるという。


 羨ましいなあ。俺が感心していると、寝たフリをしていてベルさんが、すくっと立ち上がった。


『ベルさん?』

『どうやらお客さんのようだ。ちょっと遊んでくるわ』


 言うやいなや、黒猫は窓に飛び移り、そこから外へと飛び出した。やれやれ反乱軍のお出ましのようだ。

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