第14話、即席砦で休息


「こんなところに、朽ちているとはいえ砦があるとは」


 ブルト隊長は感嘆の声を上げた。スキンヘッドの近衛騎士クリントは首を捻る。


「こんな森の奥に砦なんてありましたかね?」

「古い砦のようだからな。地元の者しか知らないかもしれない」


 ……それ、俺たちがここに来る前に作ったのよ。


 俺はDCロッドで軽く肩を叩いた。


 このダンジョンコアの杖は、そのテリトリー範囲内の地形を魔力を使って改変することができる。


 ダンジョンを制御するコアそのものの力を使うことができるのだ。その持ち主である俺は、いわゆるダンジョンマスターであり、ディーシーに命じて、自由にダンジョンをクリエイトすることができる。


 今回使用した古代の砦は、大帝国との戦争の最中に見かけたそれを、ディーシーに解析、コピーさせたものだ。


 ダンジョンコアというのは魔力と引き換えに、テリトリー内に自由にモノや生物を作り出すことができる。知らないものでも、一度解析させられればそれを魔力で生成できるようになった。


「ここを拠点とする。各自、警戒と休憩を交互にとれ」


 隊長の指示で近衛騎士らは分かれる。俺は砦の中に入る。応急でこしらえたので、物はなくほぼ空っぽの内装である。


 俺はシェイプシフター杖ことスフェラを見た。


「こっちもシェイプシフターに警戒させろ。ベルさんたちに伝令はついたかな?」

「すでに合流し、こちらに向かっております、マスター」


 スフェラは恭しく言った。反乱軍陣地に奇襲をかけた囮部隊との合流も、時間の問題だった。


「追っ手はついていないかな?」

「はい。ベル様はもちろん、我らは人間と違って夜間だろうが地形を選びません。容易く振り切れます」

「そいつは結構」


 俺は周りに近衛騎士がいないのを確認してから、気掛かりを口にした。


「反乱軍の様子は?」

「襲撃に対する立て直しを図っています。王子を捜索する部隊と、こちらの襲撃部隊を追撃する部隊がすでに陣地を離れております」

「アーリィー自身のことは? 連中はどう解釈している?」


 俺が助けに行った時、性別バレしていた。その場にいた連中は始末したが、駆けつける以前、他に知った奴がいたかはわからない。


「反乱軍の指揮官は、王子の影武者ということで処理したようです」


 陣地内に散ったシェイプシフターネズミの報告をスフェラは伝えた。そうか、王子本人ではない、と解釈してくれたか。なら、アーリィー本人やブルト隊長にとっても一安心か。


「とはいえ、状況はあまりよくないな」


 反乱軍は王子捜索に部隊を送り出している。早々に移動したいところだが、夜間移動は、アーリィーや近衛隊には厳しいだろう。夜の間は反乱軍も動かないと思ったんだがなぁ……。


 一度捕捉されてしまえば徹底的に追跡されてしまう。撤退戦は正直しんどい。士気も上がらないし、敵の足音、プレッシャーに心がすり減る。


 ま、俺らは違うけど。


 しつこいようだが、こちとら大帝国軍との戦争をくぐり抜けてきた古参なんだよな。


「……しかし、少し魔力を使い過ぎたかな」

「どうぞ、マスター」


 スフェラが手から黒い塊を分離。その分離でシェイプシフターは椅子の形になった。床に直接座るのとでは雲泥の差。いいクッション具合である。


『少し鈍ったのではないか、主よ』


 俺の手の中でDCロッドがそんなことを言った。


「砦をこしらえるのに俺の魔力を使ったからな。そりゃ疲れもするさ」


 作ったのはDCロッドだが、その具現化のための魔力はしっかり俺が支払っている。ディーシーも魔力を持っているし使うのだが、こいつは基本大食らいだからね。


 昼間の戦いやアーリィー救出でも魔法を使った。負傷者の手当もしたし、ここまで魔法を使用したのはここ2カ月ではない。


「マスター」


 スフェラが部屋の入り口を見た。お客さんだろう。


「ジン殿、よろしいか?」


 ブルト隊長だった。そしてアーリィーも一緒である。


「どうぞ」

「大丈夫か?」


 俺が椅子に座っているので、心配してくれたのだろうか。俺が立とうとすると、隊長は手を振った。


「いや、そのままでいい。今後の打ち合わせをと思ったのだが、いけるか?」

「大丈夫です。……スフェラ、二人に椅子を」


 スフェラは、シェイプシフターチェアを出した。変わった形の椅子、何より魔法で作り出したように見えるそれに二人は戸惑っていたが、俺が座っているのを見て、それに倣った。


「うわ、ふかふかだ」

「これはまた……」


 アーリィーとブルトは気に入ってくれたようだった。


「ジン殿、人払いを願えるか?」

「スフェラ、外を見張れ」


 シェイプシフター魔女に命じる。近衛隊長が何を言いたいかは察する。


「まずはお礼を。よくアーリィー様をお救いしてくれた。それで、性別のことだが――」

「ええ、誓って他言はしません」


 俺はきっぱりと答えた。こういうのは一瞬でも迷いを見せるべき事柄ではない。


「こちらも傭兵ですから。守秘義務は心得ています。お喋りな奴は信用されない業界なので」

「他にも秘密の事柄を?」

「そりゃあありますよ。でも教えませんよ。よその仕事をお喋りする趣味はないのでね」

「そうだな。信じよう。だが問題はある。反乱軍にアーリィー様の秘密を知られてしまった」

「あの場にいた雑兵は全滅させました。秘密についても、あれは本物ではなく影武者だと判断したようなので、おそらく問題ないでしょう」


 それを聞いて、アーリィーがホッとしたようだった。俺が秘密の扱いについて、知りたがっている部分を的確に報告したことで、ブルトも安堵したようだった。


「それで、これからどうしましょうか? ここまで手伝ったんだ。ご希望の場所までエスコートしますよ」

「ジン殿がいてくれるなら心強い」


 うちの兵隊は近衛隊より人数が多い。王室警護が専門の近衛隊にとっても、戦闘慣れしている集団は頼もしいことだろう。


 アーリィーは上目遣いで俺を見た。


「でも、いいの? 反乱軍はきっとボクを探して部隊を展開させる。君や仲間たちを巻き込むことになる」

「最後までお送りしないと報酬がもらえませんからね」


 仕事ですよ、と言っておけば、ブルトは納得したような顔になった。


「それではたっぷり報酬を弾まないと、君たちに申し訳が立たないな」

「頼みますよ、ブルト隊長」


 からかうように俺は言った。少しでもアーリィーの気持ちを楽にさせてあげたくて。


 だってこの娘、王族にしては周りに色々気を遣っているんだよね。性別のこともあるんだろうけど、色々抱え込んでいるみたいでさ。


 俺、そういうのに弱いのよね。そうでなくても、アーリィー可愛いし。


「それで、どこへ行きます?」

「味方の勢力圏。討伐軍の拠点だったメズーロ城を目指そうと思っている」

「メズーロ城」


 とりあえず、目的地は定まった。

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