第13話、合流、そして退路


 俺は魔力念話を使ってディーシーに道案内を頼んだ。


 月の光が降り注ぐ中、草むらにできた道を辿って進めば近衛隊と合流できた。


「殿下!」

「ブルト隊長!」


 隊長が真っ先に駆け寄り、近衛騎士たちも周囲を警戒しつつ王子の無事に安堵する。


「む……殿下、そのお召し物は」

「うん、ちょっとトラブルがあって、ジンに貸してもらった」


 アーリィーが教えると、ブルト隊長はちらと俺を見た。


 彼女の本当の性別を知っているのは隊長だけだと言う。王子の服が変わっているということは、もしかして性別がバレてしまったのではないか――そう考えたのだろう。


 視線の意味を察して、俺はひとつ頷いておく。大丈夫、他言はしません。


 こちらの意をくんでくれたのか、ブルトはアーリィーに視線を戻した。


「ご無事で何よりでした。お怪我はございませんか?」

「大丈夫。ジンが駆けつけてくれたから」


 改めて、アーリィーが「ありがとう」と言った。いえいえ、どういたしまして。


「こちらからも御礼を言わせていただきたい、ジン殿。よくあの陣地から殿下を救い出してくれた」


 ブルトが頭を下げた。近衛騎士の何人か同様に首肯した。


「いえいえ。それよりも、ここから離れましょう。ベルさんたちが陽動していますが、連中の捜索が始まります」

「そうだな」


 頷くブルト。オリビア副隊長が口を開いた。


「では、一度ブルート村に撤退しましょう」

「うむ、殿下には一度安全な場所でお休みをとっていただいて――」

「あー、ブルト隊長。村に逃げるのは賛成いたしかねます」


 俺は口を出した。だってそうだろう?


「反乱軍がまた村を襲うかも」


 最低限の復興支援をした村であるが、今度襲われたら本当に全滅してしまうかもしれない。


「ジン殿、助力は感謝するが――」


 オリビアが顔をしかめた。


「我々には他に拠点もない。この辺りは反乱軍に勢力圏となってしまっている。今、連中に通報されない場所は、ブルート村しかないだろう」


 一理ある。民衆とは自らの身を守るために、形成有利なほうに手を貸すものだ。そうでなければ滅ぼされてしまうかもしれないから。


「だが、俺たちがあの村に厄介になっていると連中に知られれば、村人は皆殺しにされますよ」

「……」


 近衛騎士たちは押し黙る。昼間、あの村にいて多少の交流はあるから、全滅させられてしまうかもと言われれば心中穏やかではいられないのだろう。


「民を犠牲にできない」


 アーリィーが言った。近衛騎士たちが視線を王子に向けた。


「ボクたちが逃げ込むことで、村人たちに迷惑をかけるわけにはいかない」

「……しかしアーリィー様」


 オリビアが言いかけ、アーリィーは手で遮った。


「わかっている。ボクの言っていることは口先だけの綺麗事だって。これはボクのエゴだ。付き合わせてしまっている皆には悪いけれど……いや、この際だ。ボクを見限って、逃げてもいい」

「そんな!」

「殿下!?」

「せっかく助けてくれたのにごめん。ボクのわがままにこれ以上付き合う必要はない。各自の判断に任せる。でもボクは、ブルート村には行かない」

「我々は殿下の近衛隊です」


 ブルトははっきりと言った。


「殿下が望まれるように行動し、お守りするのが役目。どこまでもお供いたします」

「……ごめん」


 アーリィーは謝った。自分のせいで近衛騎士たちを危険に晒している。それで自己嫌悪を抱いているようだった。


 王族らしくないな、と俺は思った。でも部下に優しい上司は好きよ。


「そうなりますと、どちらに逃げますか?」


 オリビアはブルトに問うた。


「この辺りの地理に詳しい者は……いないか」

「ディーシー」


 俺が呼ぶと、黒髪美少女がゆっくりとやってきた。


「呼んだか、主」

「防衛拠点を作る。この辺りに適当な土地はないか?」

「ふむ」


 ディーシーは手をかざすと、青いホログラフィック状のマップを出した。


「え?」

「おおっ!?」


 アーリィーや近衛騎士たちが驚く。何に驚いているかはわかるが、いまは緊急を要する。俺はマップを見やり、そして決めた。


「この辺りにしよう。ディーシー、簡易拠点を設営。俺たちはそこへ移動する」

「わかった。適当に設営するから、その間、我の移動は任せるぞ、主よ」


 そう言うと、ディーシーの体が淡く光り、次の瞬間には杖に変わった。


「ええ!?」


 アーリィーたちが、さらにビックリする。俺はディーシーだった杖を手に持った。


「きちんと紹介していませんでしたね。ディーシーの本来の姿はDCロッド――特別な魔法杖です」


 DCはダンジョンコアの略である。魔力の溜まり場、モンスターが蔓延るダンジョンと呼ばれる場所に、時々発生するダンジョンを制御する宝玉――それがダンジョンコアだ。


「まあ、ちょっとした精霊の杖です」


 ダンジョンコアであることは伏せておく。狙われると厄介なんでね。何せダンジョンを制御できる杖なんて聞いたら、様々な人間や勢力が狙ってくるから。


「とりあえず、休める場所を作るので、そこを拠点にしましょう。よろしいですか、ブルト隊長?」

「すまん。何から何まで」


 またも近衛隊長に頭を下げさせてしまった。


 反乱軍が周辺の捜索を始める前に、ここから少しでも離れよう。


 移動することになり、近衛騎士らが周囲を警戒する中、俺たちは一路南下する。


 アーリィーが俺の隣に来た。


「あなたは相当凄い魔術師なんだね」

「よく言われる」


 ここでは言わないけど、英雄魔術師は伊達じゃないんだ。


「ありがとう。あなたがいてくれてとても頼もしいよ」

「光栄です、王子殿下」


 穏やかに笑ってみせれば、アーリィーも少しホッとしたように笑みを返してくれた。可愛い。

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