第12話、合流前に隠すもの


 反乱軍陣地は突然攻撃を受けた。


 陣地外周に投石機からとおぼしき巨岩が飛んできて、警備していた兵たちに襲いかかったのだ。


 運悪く下敷きになった者が無残に潰れれば、何とか回避した反乱軍兵たちも、続いて飛来した無数の電撃弾に撃たれた。


 ライトニングの魔法。それが森から無数に放たれ、騒ぎ集まった反乱軍兵たちを射殺していく。


「敵襲っー! 敵し――うあっ」


 十数発、いやそれより多くの電撃弾が次々に撃ち込まれ、陣形を組む余裕もなく屍を増やしていく。


「何て攻撃だ!」


 反乱軍の兵長がうめく。


「いったい何十人の魔術師がいるのだ!?」


 ライトニングの魔法だと兵長は思った。それは間違いではない。だが恐ろしいのはその数と、凄まじい連続射撃。


 魔法の常識からみても考えられないことだった。短時間に大量の魔法を撃ち込むなど、いったい敵は何十人いるのか? しかもそんなに大量の魔術師をどう集めるというのか?


 結果として、陣地内の反乱軍は攻撃を受けた北西側に兵を集中させた。魔術師集団のみということはないはずだ。必ず前衛の歩兵がいる。魔法の数から見ても、相当な戦力がいるはず――そう判断したからだった。


 ――


「ふふ、敵さんも慌てふためいているなぁ」


 暗黒騎士姿のベルは兜の奥で笑みを深めた。


 こちらは三十人程度しかいないのだが、反乱軍はそうは思っていないようだ。


「囮としちゃあ、充分だろう」


 ジンの奴は、うまく王子を助け出したかねぇ――ベルは戦場を俯瞰する。


『ベルさん、聞こえるかい?』


 魔力念話が届いた。魔力を用いて遠くの相手と会話する魔法である。


『よう、ジン。こっちは囮を遂行中だ。王子様は見つかったか?』

『ああ、こっちは回収した。派手にやっていいぞ』

『了解』


 ベルはニヤリとした。全攻撃魔法、使用自由ということだ。もう天幕がどうとか気にしなくていい。


 大剣デスブリンガーを地面に突き刺す。魔力を剣を通して地面に投入。するとメキメキと音を立てて、地面が砕けた。轟音と共に巨岩を浮かび上がらせる。


「こいつはプレゼントだ。どこに落ちるかわからんがな!」


 複数の巨岩がカタパルトに打ち出されるが如く、空へと飛んだ。放物線を描いた巨岩は、反乱軍陣地内にランダムに落下。天幕を潰し、阿鼻叫喚の光景を作り出した。



  ・  ・  ・



「何だか凄い騒ぎになっているけれど……」


 アーリィーは背後の反乱軍陣地を見やる。夜の闇の中、天幕が倒れたり、松明が燃え移って炎上したりと、とてもこちらを追いかけられる状況ではなくなっていた。


「俺の相棒が注意を引いてくれているのさ」


 俺は苦笑する。いやはや、連合軍にいて大帝国と戦っていた頃を思い出すな! 痛快痛快。


「それにしても――」


 アーリィーは俺を見た。


「いつまでボクを抱きしめているのかな?」

「おっと、失礼」


 俺はすぐに彼女から離れた。転移魔法で陣地の外へと跳躍したのだが、アーリィーも一緒に脱出させるために俺との密着が必要だったのだ。……決してやましい気持ちはなかった。やましい気持ちはなかった!


「ふう、まさか転移魔法だなんて、信じられないよ」


 アーリィーは小さく首を振った。


「ボク、初めてみた」

「そうかもな。俺も転移魔法を使っている奴は数えるほどしか見たことがない」

「いるんだ、他にも転移魔法を使える人」


 半ば呆れとも驚きともとれる顔をするアーリィー。……可愛い。


「ところで王子殿下。近衛隊と合流しておく前に確認したいんだが――」

「なに?」

「君の性別が女であることは、近衛隊は知っているのか?」


 このまま合流した時、『いや王子は女じゃないんだが』とか真顔で言われてゴタつくのも困る。


 国家機密ということは知っている人間は限られているから、一般の近衛騎士でも知らないのではないか? 服が破れたまま帰って、実は女の子でしたと知られるのは彼女にとってもマズいんじゃないか?


「ボクと一緒に前線に出た中で知っているのはブルト隊長だけだね」


 神妙な顔になるアーリィー。


「後方の陣地にいた従者のうち何人かはいたけど、討伐軍が負けた際に後退したはずだから……」

「このまま隊に合流するのはマズいか……」


 俺は思案する。


「適当に鎧を着れば誤魔化せるか」


 異空間収納よりさらしと、適当な服、そして軽鎧を出す。


「とりあえず胸を締め直して、鎧をつけとけば凌げるだろう」

「……う、うん。あ、あのね、ジン」


 アーリィーが顔を赤らめて、もじもじしている。どうしたん?


「その、胸を締めるの、いつも手伝ってもらっているから、ひとりじゃ自信がなくて……」

「!」


 それは俺に締めるのを手伝えということか? い、いいんですか? 乙女の素肌を見てしまうようなことになっても……!?


「ま、前は駄目だから! う、後ろから、ね……」

「お、おう……」


 さすがにね、前からガン見するのはいけないな。年頃の娘であるわけだし。


 俺はさらしを手に、彼女の背後に回る。アーリィーは羽織っていたマントを落として、破れている貴族服を脱いだ。


 月明かりの下、ほのかに白い背中が艶めかしい。


「じゃ、じゃあ、お願い……」


 両手をあげて、さらしを巻きやすくするアーリィー。俺は何をやってるんだ。周りに敵はいないが、ゆっくりもしていられないので手早く済ませよう。


「……あ」


 そういう艶っぽい声、股間に響くんでやめてくれます? とはさすがに言えんよな。彼女だって好きでやっているわけじゃないし、胸つぶしで押さえつけているのだから。


 お胸とか直接触らないように気をつけて……と。


「終わり」

「あ、ありがとう……ジン」


 どういたしまして。服を着てもらい、さらに鎧をつけてあげる。


「この鎧……鱗?」

「ワイバーンの鱗で作った軽鎧」

「わ、ワイバーン!?」


 アーリィーがビックリした。


「それって、希少なのでは……?」

「いや、ワイバーンなんて、ドラゴンに比べたら数も多いし、そこまでレア性はないよ」


 ただし、かなり強力な魔獣だから倒すのは大変かもしれないけど。


「俺たちはベテランの傭兵でね。ワイバーン退治なんて、お茶の子さいさい」

「そ、そうなんだ……へぇ……」


 どこか呆然とした調子のアーリィー。よし、どこからどう見ても王子様……なんだけど俺の目にはもう女の子なんだよな。


「じゃ、近衛隊と合流しようぜ」

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