第19話、大帝国製の飛空船
「つまり、どういうことなの?」
アーリィーが質問すれば、ブルト近衛隊長は険しい顔で答えた。
「この船は、北の大国ディグラートル大帝国の所有する船かもしれんということです」
「でも、反乱軍だよね……。この乗員たち」
アーリィーは、甲板で片づけられつつある反乱軍兵の死体を見る。死体に対してまだ慣れていないのか、心なしか青ざめている。
「それが、どうも違うようだ」
ベルさんが甲板にやってきた。
「ちょいと死体を見てきたんだがな、ここの連中、大帝国人だ」
ディグラートル大帝国の人間。俺は頭を掻く。
「つまり、大帝国がこの反乱に協力しているってことだ」
「どうして?」
「おそらく混乱を起こして、この国を弱らせるためだよ」
連中のよくやる手だ。ディグラートル大帝国は東の連合国へ進撃する一方で、主戦場から逸れる国や土地には、裏工作や反乱扇動を起こして弱体化を図る。国が混乱しているところを狙って、少ない戦力で攻めて制圧する。
主戦場では圧倒的物量で押しつつ、それ以外は極力、兵力を絞って攻略する。
ベルさんが口を開いた。
「大帝国が西方諸国にも手を広げつつあるって噂はあった」
「ここにもその手が伸びてきているってことだな」
くそっ。思わず心の中で悪態をつく。
アーリィーが恐る恐る言った。
「この反乱は、大帝国が仕組んだもの?」
「そうかもしれないし、あるいは便乗したのかもな。反乱の意思を持っていた連中に武器をやるとか言って近づいた」
この飛空船も、そういう貸与か譲渡かは知らないが。大帝国の人間が乗っていたのは、あるいはこちらの人間に指導を渋ったか、時間がなかったか。少なくとも、反乱軍に協力していたのは間違いない。
「まあ、気にはなるが今はこの船を使って脱出しよう。スフェラ、そっちは任せる。ディーシー、その間にこの船を『解析』してくれ」
「もうやっている」
ダンジョンコア・ロッドことディーシーは、この船全体をテリトリー化して、その構成する部品から仕組みなどを取り込み、自分のものにしていった。
ベルさんが魔力念話に切り替える。
『お前、飛空船を作るつもりか?』
『このまま王都に行ったら、たぶんこの船は王国に没収されると思う』
空を飛ぶ船なんて、権力者なら欲しがるのは間違いない。というか、俺も欲しい。
『あれば色々移動に便利だろ?』
以前は、ドラゴンに変身したベルさんに乗せてもらって、というパターンもあったんだけど、それだと乗せられる人数に限りがあるからね。
ダンジョンコアは、解析したものを魔力を使って生成することができる。
魔獣だったり、トラップだったりというのが、ダンジョンコアと聞いてよくある使用例だ。魔力でモノを作れるということは、構造がわかれば武器や防具なども作れるということで、機械の部品なども作り出せる。
「――殿下、あまり端には行かれませんように……」
オリビア副隊長の声。見れば、アーリィーが手すりに手をかけて下の様子を眺めていた。
「高いなぁ。こんな景色、普通は見れないよね!」
俺も王子様を演じているお姫様に近づいて、同じく景色を見やる。
「ああ、確かにこれは高いな」
「ねえ、ジン。あれメズーロ城だよね? ちっさーい」
子供のようにはしゃいでいらっしゃる。高いところが平気なようだ。それに引き替え――
「オリビア副隊長、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だとも……うん!」
デッキの中央から決して動こうとしない女近衛騎士。この人は高いところが駄目なようだ。
「顔が青い。高所恐怖症ですか?」
「こ、こ、ここわくなんか、ないさ!」
嘘だ――。ただ、それをからかうことはやめた。お空が初めての人間のほうが多くて、現に近衛騎士の半分以上がどこか落ち着かない様子を見せている。
「君は平気?」
「うん、割と」
アーリィーは小さく笑った。
「真下を見るとちょっと怖いけど、遠くを見る分には。まるで鳥になったみたいで」
「なるほど」
「空を飛ぶ鳥は、こういうふうに見えているんだろうなぁ」
そのヒスイ色の瞳に浮かぶのは羨望か。王子のふりをしている少女は、ひょっとしたら自由を求めているのかもしれない。……ま、勝手な想像だけど。
「この船で王都まで行けるの?」
「燃料次第だな」
俺は船体の側面に張り出しているレシプロ機関と思われるエンジンを見つめる。あれを動かすには燃料を燃やしてエネルギーにするわけで、当然燃料がなくなれば、動かなくなる。
俺は王都がどこにあるのか知らないが、地上を見ながら、例えば街道を沿っていくなりすればおそらく到着するだろう。
問題は、やはり燃料だろうな。
「どう考えても、この飛空船って効率悪そうなんだよな……」
「どういうこと?」
「そもそも空を飛ぶ形じゃないんだよ、これ」
元の世界の飛行機などを思い出せば、それらはエンジンで推進力を得ると同時に、揚力にも頼る。船体の形状、そして大きな翼――だがこの飛空船にはエンジンはあれど翼がない。
揚力をうまく利用できれば、エンジンが多少ヨワヨワでも推進力に活かせる。
だが揚力に頼れないと、飛行するためのすべてがエンジンの力のみということになる。そうなると自身の重量すべてを、エンジンパワーだけで賄わないといけなくなるから、弱いエンジンだと空を飛べなくなるのだ。
重量の関係もあるが、翼があって、船体も空気抵抗を考えた形にできれば、この船の速度は上がるし、燃料効率もよくなるだろうな。
「……ごめん、ボクにはちょっと難しいや」
アーリィーは申し訳なさそうに謝った。しょうがない。空を飛ぶ乗り物については、俺のいた世界ほど発達していないし、一般的じゃないから。
せいぜい大型生物の騎乗したり、あまり多くはないが魔法の力で浮遊や飛行する程度だろう。
……そうか、魔法の力か。
この船にも、そういう魔法的な作用で揚力を生み出したりしているものが組み込まれているのかもしれない。
「マスター、操船術を把握しました。この船を動かせます」
スフェラが報告した。
「よくやった。……ブルト隊長! すみませんが、王都への道案内を誰か頼めませんか? 行けるところまでこの船で行きたいんですが!」
「わかった。おい、クリント、お前やれ!」
「はっ!」
スキンヘッドの近衛騎士が船首のほうへ走った。それで王都方面へ向かえるとして、あとは燃料がどれくらい持つかだなぁ。
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