第10話、反乱軍陣地


 転移魔法。


 ある地点から別のある地点へ瞬時に移動する魔法だ。俺が今回使ったのは短距離転

移。目視範囲で、転移地点を直接見て、そこへ跳ぶ魔法である。


 転移先を見ているので、転移した場所に障害物とぶつかるというアクシデントが避けられる、比較的安全なのがメリットだ。


 さて、陣地外周の見張りたちの目に触れることなく潜入成功。壁などがなくてよかった。じゃないと見えないからな。


 俺は天幕の後ろに身を潜め、周囲を確認。反乱軍兵たちの笑い声などが、そこかしこで聞こえる。


 異空間収納から、シェイプシフターブロックを出して近くに置く。フリーズドライの食品にお湯をかけるが如く、ブロックは形が変わっていく。小型のネズミのような大きさに分裂したシェイプシフターたちは、一斉に散っていった。


 これで王子様を見つけられるといいんだが……。


 広い反乱軍の陣地である。ディーシーが索敵をしているが、そちらでも全体把握には時間がかかるだろう。


 俺も、見張りが立っている天幕に当たりをつけて探してみるか。捕らえた王子様を見張りも立てずに放置などあり得ないからな。


「透明化」


 スッと姿を消して移動する。


 思い思いに休息をとっている反乱軍の兵士たち。……いや、兵士というより、傭兵やゴロツキの集まりのように見えた。


 その構成員たちは、腰に剣や斧をぶら下げ、あるいは槍を持った者もいるが、全体的に薄汚れ、装備も不揃いだった。いかにも寄せ集めといった感じだが、農民や低身分の者たちというより、盗賊や山賊といったほうがすっきりする姿をしている。


 数合わせに傭兵を雇ったんだろうなぁ。


「このまま勝ち進めば、報酬もたんまりよぉ――」


 男たちの話し声が聞こえてくる。


「王都まで攻め込めたりして」

「いいねぇ。ここらの田舎と違って、お宝もたくさんあるんだろうな!」

「金もいいけど、女だな。田舎の女はイモくてかなわねぇ。小洒落た王都の娘をヤるのもいいな」


 ガハハっ、と笑い声が連鎖する。


 何とも胸くその悪い会話だ。こいつら近場の集落を焼き討ちにしているが、金目のものだったり女を襲ったりしていたんだろう。


 悲しいかな、連合軍で大帝国と戦っていた頃も、そういう事例は山ほどあった。敵地の民からの略奪は、軍も咎めないからな……。


 自分たちの懐を痛めることなく、兵たちのストレス発散と報酬が得られるから、むしろ奨励していたりする。


 嫌なものを思い出してしまったな……。


 気を取り直して、王子様を探そうじゃないか。



  ・  ・  ・



 アーリィー・ヴェリラルドは、ヴェリラルド王国の王子である。


 歳は今年で十八歳。王位継承権第一位で、何もなければ次期国王となる。……そう、何もなければ。


 王都に迫る反乱軍。王国はただちに討伐軍を編成、これを迎え撃った。


 若きアーリィー王子を総大将に据えた討伐軍であったが、千と思われていた反乱軍は遊撃部隊として五百を用意していた。さらに強力な新兵器をも投入した反乱軍は王国軍を蹴散らしてしまった。


 アーリィー王子も戦線を離脱したが、反乱軍に捕捉されて捕まってしまった。


 かくて、王子の身柄は、反乱軍陣地のとある天幕の中にあった。


 綺麗な金色の髪の持ち主である。長い髪を後ろで束ねている若い王子は、しかし一見すると女の子に見えなくもない、中性的な顔立ちをしていた。ヒスイ色の瞳は美しい。


 身体つきも、男とは思えないほど華奢。もちろん男なので、胸はないのだが、もしそこ胸があったら、王子のことを女と勘違いしてもおかしくないような外見をしていた。……腰まわりが、どこかセクシャルなものを感じさせる。


 アーリィー王子は、手枷をつけられた状態で両手を頭の上に吊り上げられていた。


 本来、王族や貴族となれば、捕虜でも丁重に扱うものと相場が決まっている。枷をつけるなどもってのほか、それも王族であるならなおさらだ。人質交渉のためにも、お金になる高貴な貴族はもてなすものだが、どうやら反乱軍にはそういう考えはなかった。


 捕虜になってしまったことの不安感を必死に押し殺しつつ、アーリィーは連中と顔をあわせないようにしながら、時の流れを待った。


 やがて、反乱軍のリーダーであるルーガナ伯爵がやってきた。


「これはこれは、アーリィー王子殿下、お久しゅうございますな」


 でっぷりと太った中年貴族――ルーガナ伯爵はニヤニヤしている。


「ルーガナ伯爵!」

「ご無事で何よりでございました。いやあ、あなた様の身柄が欲しいとあるお方から頼まれましてな……。戦場で、判別の難しいご遺体にならなくてようございました」

「くっ……」


 反乱軍の親玉がよくもまあ――怒りにかられるアーリィー。


「ふうむ、アーリィー殿下はお優しい顔ですな。睨まれているのに、ゾクゾクしてしまいます。まるで女子のようだ」

「っ!」

「あはは、よいお顔ですなぁ。殺して依頼主に引き渡してもよかったのですが、まあ、いいでしょう」


 ルーガナ伯爵が振り返ると、フードで顔を隠した長身の人物が入ってきた。


 ゾクリ、とアーリィーは背筋の震えを感じた。このプレッシャー、おぼえがある……!


「如何ですかな? 本物でしょう?」

「そのようだな」


 男は低い声で答えたが、アーリィーはその声に聞き覚えがあった。


「ジャルジー公爵っ!?」

「!?」


 ハッとする伯爵。そして顔を隠した男もわずかに動揺をみせた。


「……何のことだ?」

「間違いない! その声はジャルジー公爵だ!」


 ジャルジー・ケーニゲン・ヴェリラルドは、アーリィーの従兄弟に当たる人物である。王国北方のケーニゲン領を統治する公爵である彼だが。


「何故、反乱軍の陣地にいる!?」


 アーリィーは声を張り上げた。このフードの男がジャルジーならば、彼も反乱軍に加担したことになる。これは看過できない。


「……鬱陶しい奴め」


 男は毒づいた。


「伯爵。鞭を――」

「はい?」


 ルーガナ伯爵が怪訝な顔をする。男は言った。


「この女顔の王子を痛めつけたくなった。二度と生意気な口をきけなくしてやる」


 そして近くにいた兵に命じる。


「こいつの服を脱がせろ」


 直接、肌に鞭を打ってやる。


「なっ!? やめろ――」


 アーリィーは血相を変えた。そのヒスイ色の目がこれ以上ないほど開き、動揺に身体を震わせる。


「ボ、ボクに触れるなっ! やめろ……っ」



  ・  ・  ・



「王子様を見つけた?」


 反乱軍陣地内。俺は、足元にきたシェイプシフターネズミの報告を受けた。


「よし、でかした。案内してくれ」


 待ってろよ、王子様! いま助けに行くぜ!

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