第6話、王族近衛隊
俺とベルさんは、クリントというスキンヘッドの近衛騎士と対面したが――
「俺はジン、こっちはベルさん。……ところでクリントさん? 腕、大丈夫?」
ラプトルとの戦闘でやられたのだろう。小手が引き裂かれ、血が流れ真っ赤になっていた。
「……ああ、さっきな。貴殿らが来なければ、あのままやられていたかもしれない」
「ヒール」
治癒魔法をかけてやる。するとクリントは驚いて自分の腕を見た。
「……驚いたな。回復魔法か」
「小手までは直せないんだ、悪いな」
「いや……ジン殿、あなたは神官か? 魔術師だと思ったのだが」
「治癒魔法が使える魔術師だよ」
俺が答えると、近衛騎士たちがざわついた。
「魔術師が治癒魔法を……?」
「教会の騎士なら、治癒魔法は使える者もいるが、まさか魔術師が……」
そう、この世界の魔法の知識だと、治癒魔法系統は教会の術者が使うもので、それ以外の魔術師は治癒魔法は使えない、と相場が決まっているらしい。
本当はそんなことないんだけどなぁ……。俺はベルさんという人間とは異なる魔術体系から魔法を教わった口なので、人間たちの魔術知識とは別のところで生きている。
クリントが口を開いた。
「先ほどの魔法もそうだが、あなたは短詠唱で魔法を使えるのだな……。傭兵にしておくには惜しいほど優秀なようだ」
「それはどうも」
短詠唱とは、呪文を短縮、ないし圧縮することをいい、魔法の発動時間を短くすることができる。
通常、魔法は呪文を詠唱することで効果を発揮する――と人間たちは考えているので、短詠唱はそれだけで優秀な魔術師であると認められるのだ。
なお、まったく詠唱せずに行使する無詠唱もある。……つまるところ、呪文など唱えなくても魔法は使えるのである。
「すみません、お話中よろしいですか?」
別の近衛騎士がやってきた。
「回復魔法が使えるなら手を貸していただけませんか? 怪我人がいるのですが、手が足らなくて」
「幾らだ?」
「ベルさん」
とっさに金額を持ち出す相棒に、俺は首を横に振る。金銭を要求されたことで近衛騎士の表情が曇ったが、クリントは表情を変えずに言った。
「あなた方は傭兵ですからね。タダではやらんでしょう。失礼しました」
「いや、お金はいいので、怪我人を看よう」
今は非常時っぽいからな。それより情報のほうが欲しいな。
「手を貸すついでに、この村の話を聞かせてもらっても? 何で近衛騎士がここにいるのかも含めて」
・ ・ ・
ブルート村は反乱軍に襲われた。クリントの言葉によるとそうなる。
「反乱軍?」
「ルーガナ領が王国に反旗を翻したのです」
何でも魔法金属として知られるミスリル採掘が活発な土地だったのだが、ルーガナ領の領主はそのミスリルを王国に無断で他国へ輸出し利益を得ていたらしい。
これが王国側に露見すれば領主は逮捕、処刑となるほどの重罪である。そしてその証拠を王国がつかみかけていたらしい。
その発覚を恐れ、やられる前にやれと領地の民を先導し、反乱を起こしたのだそうだ。
「何とまあ」
己の保身のために反乱かよ……。
この反乱に対して王国は討伐軍を派遣した。その中にこのヴァリラルド王国の王子様が参加し、近衛隊はその王子の護衛らしい。
俺は怪我した近衛騎士らを魔法で治癒する。
「反乱軍は想定より強く、討伐軍は敗退しました。我々は王子殿下を逃がすべく囮を務めたのですが残っているは半分以下」
外で戦っていた近衛騎士の治療が終わる。するとクリントは言った。
「我々は、このブルート村にたどり着いたのですが、村はすでに反乱軍によって焼き打ちにあっていました。そこへ血に飢えたラプトルどもが襲ってきて……あなた方が駆けつけてくださった」
「なるほど。それで村人は?」
全滅した? 俺が問うとクリントは村の外を指さした。
「すぐそこの洞窟に避難しています。怪我人もいるのですが、うちの神官だけでは手が足らず……」
「治療しましょう」
乗りかかった船である。俺たちはその洞窟へと行けば、酷い臭気がまずお出迎え。
「村人の生存は十八名。村長は反乱軍に殺されたそうで、今はフィデルという人物が村長の代理を勤めています」
「……ひとりひとり診るのも大変そうだ」
俺はクリントを見た。
「まずは重傷者から」
範囲内ヒールでまとめて治療したくもあったが、通常のヒールは、かけられる方も体力を消耗してしまうので、瀕死だったり重傷者はまた別の治癒魔法を使わないと、最悪死なせてしまう恐れがあった。
ということで、重傷者のもとへ。ベルさんが「むっ」と小さく唸った。
「死臭の気配がする。直にお迎えがくるぞ」
「なら、早く治療しないとマズいな」
俺たちが通ると村人たちが悲鳴じみた声を漏らした。暗黒騎士姿のベルさんが、悪魔の騎士じみて怖かったのだろう。
「瀕死の者は近衛隊長ブルトのみで、村の重傷者はもう……」
クリントは声を落とした。
反乱軍の襲撃がいつかは知らないが、それなりに日にちが経っているのかもしれないな。
俺は、寝かされている近衛隊長のもとに通された。
ブルトというその近衛隊長は複数カ所に傷があって、巻かれた包帯も真っ赤だった。
よく生きていたもんだ。出血多量で死んでしまってもおかしくないな……。
もうその瀬戸際なのだろうが。俺は重傷者の傍らで膝をつくと、傷口に手を当てた。
「輸血が必要だが、そんなものはないんだよな」
魔法によって再生。しかし怪我人の体にある魔力での再生は先ほど言った通り、逆効果。ではどうするか? 俺が魔力を送り込み、その魔力を使って治癒、再生させる。
「ヒールオール」
ブルトの体が淡い光に包まれる。再生するイメージを送り込み、俺の魔力によって不足している血を再生、傷口も塞ぐ。
ふぅ、と一息ついた時、意識朦朧としていたブルトがパッチリと目を開けて、起き上がった。
「隊長!?」
クリントが驚き、膝をついた。ブルトはキョロキョロを回りを見渡し、ついで自身の体に巻かれていた包帯を取り始める。
「な、隊長、何を?」
解かれた包帯の下に傷はなかった。血が流れた時の跡はあったがそれだけだ。
「わしは……治ったのか?」
一番驚いていたのは、ブルト隊長本人だった。
「貴様は……いや、手当をしてくれたのか?」
「ええ、まあ。具合はいかかですか?」
俺が聞くと、ブルト隊長はまだ目をパチパチとさせていた。
「信じられぬが、傷を受ける前のようにピンピンだ。どういう手品だ? まだ信じられん」
「隊長は、こちらのジン殿の治癒魔法で救われたのです」
クリントが言ったが、ブルトは目を見開いた。
「治癒魔法……? 馬鹿な、神官も匙を投げたではないか……!」
ともあれ――と、ブルトは座り直した。
「信じられぬが、現実としてわしはこの通り動けるようになった。感謝する!」
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