第4話、西方のとある国


 時友ときとも じん


 それが俺の名前だ。限りなく黒に近い会社と、冷たい世間から現実逃避してゲームにのめり込み過ぎて、気づけば流行の引きこもりになっていた。


 決して多くない貯金がなくなるのも時間の問題と知りつつ、それからも目を逸らしていたら、唐突に『召喚』された。


 気づいたら、暗闇の中に一人でいた。


 最初は死後の世界かと思った。真っ暗だった。天国なのか地獄なのかわからなかった。単に目隠しされていたからだったりする。


 俺はそこで、ベルさんと出会った。


『頭は大丈夫か? いやまあ、別の世界から飛ばされてきたんだ。記憶の齟齬とかあっても仕方がないな』


 別の世界――つまり、異世界だった。


 話題の異世界転生ってやつか、と混乱したっけ。


 そこでベルさんから状況を教えてもらった。異世界召喚をしたのはディグラートル大帝国という国で、連中は俺のような異世界人を兵器に転用しようとした。


 どうも異世界人は、この世界の一般的な人間より魔力が豊富なのだそうだ。


『このままだとオレとお前は、魔法武器の素材にされちまう』


 ベルさんも、ここで捕まっていると言った。


 このままだと身体に流れる魔力が普通より多いって理由で、魔法武器の材料にされてしまう。


 言ってみれば剣とか杖にされる。さすがにそれは願い下げだった。


 異世界に行ったらチートとかもらって、無双とかってやつじゃないのか。どうやら悪いほうの異世界に来てしまったみたいだ。昔からクジ運はよくなかったが、こんなところまで貧乏くじかよ……。


『そこで提案だ。お前さんの力を貸してくれ。ちょっとした契約だ。その代わりに、お前には……そうだな。魔法を自在に操る力を与えてやろう!』


 契約。


 何だか悪魔を連想させる。社会人として、ブラックに近い会社で働いたせいか、契約の二文字が呪いのように思えた。


 だが、俺は死にたくない。


 兵器にされちまうのもごめんだ。どうせこのままだと絶望しかないのなら、契約だって何だってやってやる!


「わかった。あんたと契約するよ。何をすればいい?」

『契約は成立だ。……なに、お前さんは何もしなくていい。オレが……オレ様がここを片付けてやるよ!』


 俺の運命は変わった。


『ふははははっ! 凄い、凄いぞ、この力っ! さすがは別世界の住人! お前と契約してよかった! ふははははーっ!』


 ベルさんは自身の拘束を破壊し、ついでに大帝国の召喚施設をぶっ壊した。


 俺も晴れて自由になったが、召喚されたばかりの俺に、この世界にはアテもなければ頼るものもなかった。


 そのことをベルさんに伝えると。


『そいつは困ったな。そうだ。お前には借りがある。自立できるまで、オレ様が助けてやろう』


 かくて、俺とベルさんは行動を共にするようになり、相棒となった。



  ・  ・  ・



「気づけばもう二年も前なんだなぁ」


 俺がこの世界にきたのは。

 中世ファンタジー風の世界、と言えばいいのか。いわゆる剣と魔法の世界だ。


 ただいま俺はハンドルを握ってどこまでも広がる草原を移動中。魔力自動車は異世界の大地を走っていた。サバンナとか、アフリカの平原ってのはこんなものなのかねぇ。


「あ? どうした、いきなり」


 助手席側から男の声がした。俺が視線を向ければ、そこには黒猫が一匹。ふてぶてしさとどこか貫禄をにじませる黒猫は、助手席前の専用席に鎮座している。


 ベルさんである。浅黒い肌の双剣の戦士だった彼も、いまは黒猫の姿だ。そもそもこの人は人間でなければ、当然ながら実体は猫でもない。まったくの別モノである。


「ちょっと思い出していたのさ。俺たちが初めて会ったあの日のこととかさ」


 ベルさんはフンと鼻で笑った。


「ああ、またずいぶんと懐かしいことを思い出しているじゃねぇか、ジンさんよ」


 異世界召喚されたあの日、最初に出会ったのが、このベルさんだ。


「あっという間の二年だったなぁ、ジンよ。あれよあれよという間に大魔術師になり、東の連合国から英雄なんて呼ばれるようになってよ」


 ジン・アミウール――偉大なる大魔術師。連合国の英雄。


 だがそれは2か月前までの話だ。身内から裏切られ、今はベルさんと仲間のディーシーと共に戦争とは無関係の西方諸国へと流れ着いた。


「何でこうなった」


 思わずぼやきが漏れる。


 周囲は俺を称え、英雄として尊敬と、少々のやっかみやその他諸々の感情を抱いた。何より変わったことといえば、女子からモテモテになったことか。


 みな英雄に憧れ、恋をする。おかげで、元の世界では女の子をお触りしたことすらなかった俺は、町の生娘から大貴族の令嬢まで、よりどりみどりのハーレム上等気質になりましたとさ。めでたしめでたし……って、めでたくねぇー!!


「英雄から落ち武者だよ、こん畜生」


 まあ、俺を裏切った連合国は、虫の息だったはずの大帝国の反撃を受けて大敗。今も敗走を続けている。無能な貴族どもめ、ざまあみろ!


「やはり、俺のチートすぎる魔法がやばかったんだろうなぁ……」

「あ? お前、大侯爵の娘に手を出したからじゃねぇの?」


 ベルさんがそんなことを言った。大侯爵の娘って……あぁ、あの金髪縦ロール姫か。


「え、なに、エリーと寝たから、俺殺されそうになったの?」


 んな馬鹿な! ……いやだって、誘ってきたのは向こうだぞ?


「知りたくなかった、そんな真実」


 真実もなにも、ベルさんが適当風吹かしているだけだが。真に受けないでほしいところである。


「楽しそうだな」


 後ろの座席で寝転がっているディーシーがご機嫌斜め。


「我の知らぬ話で盛り上がって、さぞ楽しいのだろうな」

「拗ねない拗ねない、ディーシー。……というか、その頃はお前もいたじゃないか」


 俺は苦笑する。彼女との付き合いも、ベルさんほどではないが、この世界じゃそこそこ長い。


 そのベルさんは首を振った。


「まあ、何にせよだ。お前さんは連合国から遠くはなれ、こんな西の国……なんてったっけ?」

「ヴェリラルド王国」


 今いる国の名前を教えてやれば、ベルさんは首肯した。


「そ、ベリラルド王国くんだりまで来る羽目になったんだ」


 ……微妙に違ってたような気がしたが、まあいいか。


 ジン・アミウールの名を捨て、俺は時友ジンとして再スタートするってわけだ。


 とはいえ、明るいスローライフを送る……という気分でもない。何故なら、俺の脳裏にはディグラートル大帝国の影がちらついていたからだ。


 戦場から離れたとはいえ、アレと今後関わらないなんてことはないと思う。


 だから、何か考えておかないといけない。連中が大陸統一とやらを続けるなら、どこにも逃げ場などないのだから。


「しばらくは傭兵か、冒険者辺りをやっていこうと思っているだけど、どう思う?」

「いいんじゃね」

「主の好きにすればよい」


 ベルさんもディーシーも、あっさり認めてくれた。まあ、他にコレって決まってなかっただけなんだけどね。


「……軍隊でも作るか」


 つい口から出たその言葉に、ベルさんが振り向いた。


「軍隊?」

「あぁ。対大帝国抵抗軍。反乱軍とかさ」


 このとりとめない発言が、あるいはきっかけだったのかもしれない。

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